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10分後、僕は校舎裏の倉庫に着いた。ここは校舎と高い塀に囲まれて、いつでも日陰になっている。冬が近づいて空気も乾燥しているというのに、じめじめとした印象を受けるのがいささか不思議だ。
倉庫の鍵を開ける。中を見るに、相変わらずの土埃まみれだ。よし、問題ない。
すると若い男女の話し声が聞こえてきた。僕は咄嗟に倉庫の中に隠れ、音を立てないように内側から鍵をかける。小さな穴を見つけたので、そこから外の様子を窺うことにした。
どうしてこんなところに生徒が来る。ここにはこの倉庫しかない。校庭も部室棟も正門も東門も全て違う方向にあるから、生徒がわざわざここに来る必要は一切無いはずだ。
僕は動けなくなった。その男女は、黒崎結衣と陸上部の先輩だったからだ。
倉庫のすぐ横で。二人はキスをして、指を絡めた。お互いがお互いを見つめ合い、時が止まる。再びキスをすると、二人は正門の方へと歩いていった。
僕は暫く倉庫の中で固まっていた。気がつくと、涙が溢れて頬を伝っていた。なんだろうこれは。どうしてこんな。別に彼女が誰かと付き合っていようが、僕には関係ない。だって彼女の細胞と一つになれればそれで……。
そうか、僕は。僕はとんでもない勘違いをしていたんだ。ただ、僕はただ、彼女に恋していただけだった。
彼女の細胞を取り入れたいから恋だ、とかそんな訳のわからないことではなくて。他の高校生となんら変わりない、普通の片想い。彼女のことばかり考えているうちに、彼女のことを目で追っているうちに、まだ話したこともない彼女に僕は恋していた。
僕はただ、彼女と仲良く話したかった。彼女とデートがしたかった。ただそれだけ。そうでなければもうとっくに、いかれた計画を実行し終わっていたはずだ。
そして僕の片想いは、今終わった。これが僕の初恋であり、初めての失恋。僕は一体、何をしているんだろう。ここまで気持ち悪い勘違いをしていた高校生なんて、他にいないのではなかろうか。
もう帰ろう。勉強をしよう。大学に行って、また恋をしよう。
黒崎さん、ありがとう。
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