暑熱の夏

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またしても微笑みを返すだけの彼女に心の距離を感じる。これ以上踏み込んだらまた、立ち去ってしまうのだろうか。そうしたら今日はこの心地良さを感じることが出来ないのだろうか。そう思うと何も言えずに押し黙ることしかできなかった。不思議そうに見つめる彼女の髪を一束掴み口付けをする。驚く彼女に髪が綺麗だったからつい。と笑ってみせる。すると彼女は見たことのない表情をした。きっとこれが彼女の真顔なのだろう。なんと生気のない。綺麗な顔なのだろう。いつもは微笑みを張り付けているが、無表情な事により造形の美しさを改めて認識した。彼女は数秒の間動きを止めたがやがてゆっくりと瞬きをする。怒らせてしまったかもしれないなんて杞憂は意味もなく、優しく微笑まれる。これも初めて見る彼女の表情だった。彼女の顔に触れたくて頬に手を伸ばす。だがそれは彼女の手によって阻止されてしまう。 少し後悔した。まだ、今日は彼女と一緒に過ごしたい気分であったからだ。ごめんなさい。と小さな声で手をひこうとすると下ろそうとした手を掴まれ、指を絡められる。驚いて手の方を見るが、彼女のもう片方の手によって顔の位置を戻される。次に彼女の顔へ目線を戻した時には、彼女の白い細い首や、スカーフのないセーラー服が近くに見えぼやけている。彼女の顔が全部見えると唇に触れた生温い感覚は、間隔のだいぶ空いてしまった時間差で伝わる。驚きに目を見開くと彼女は満足したようで覗き込んでいた身体を起こし立ち去っていった。10秒程放心していたが、我に返った私は勢いよく身体を起こす。この場所に続く一本道に目を凝らすが彼女の姿は見えない。蜃気楼のような彼女だがこの先も私の所へ会いに来てくれるのだろうか。 うだるような暑さの中一つ呟く。 「…暑いな」 真夏のような身体は夏のせいか彼女のせいか。
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