1人が本棚に入れています
本棚に追加
ねんねこ魔王は最強です。
異界の空に浮かぶ魔王城。
勇者どもがその扉を開いたのは、魔王さまのねんねこの支度が整った時のことでございました。
「魔王め、貴様は俺が倒す!」
若き勇者が剣をつきつけたのは、禍々しき山羊の角を生やした男。
すなわち、わたくしです。
「わたくしはギリアム、魔王さまにお仕えする者です。魔王さまは、こちらにおわすお方にございます」
勇者は慌てて剣の向きを玉座へと変え――そして、目を見開きます。
無理もありません。
魔王さまは人間の童女の姿をしておられます。
丸い耳つきのナイトキャップ。クマさん柄のパジャマに、フワフワの肉球スリッパ。
魔王さまは小首をかしげ、おめめをしょぼしょぼさせておっしゃいました。
「ねんねこ、するのぅ」
どうです! この悪魔的な可愛いさに、勇者もビックリ――
「そのチビが魔王だぁ? 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
――したわけではなさそうです。
「本当よ、勇者。その子供、とんでもない量の魔力を垂れ流しているわ。息苦しいくらい」
「あア。オレさまの魔剣もビンビンだゼ」
勇者の仲間の巫女と戦士が、あえぐように言います。
「こんな姿でも油断はできないって事か。おい、魔王。なぜ人間界を侵略しようとする? 貴様の望みは何だ、答えろ!」
んー、と魔王さまは顔をゴシゴシします。
「んとねぇ。ねんねこしたいのぅ」
「その『ねんねこ』ってのは何だ? ……まさか『寝る』ってことか?」
「そうよぉ。きょうはずーっとねんねこしてて、おきて、おやつ食びたの」
「魔王さまはプリンを召し上がられました」
「ん! おいしかったあ。そいで、ばんごはん食びて、おなかポンポン。また、ねんねこするのっ」
勇者どもは、戸惑ったように顔を見合わせました。
「羨ましい生活ね……」
「あア。オレさまの魔剣もギンギンだゼ」
わたくしは咳ばらいを一つ。
「勇者どの、魔王さまもこうおっしゃっておいでですので、出直して来られてはいかがです?」
「ふっざけんなああああ!」
勇者は顔を真っ赤にして叫びます。
「乳幼児みたいな優雅な生活しやがって! 俺たちは貴様を倒すために死力を尽くして来たんだ! 少しは真剣に――」
ガシャン!
金属が床を叩く音が、勇者の口上を遮ります。
戦士が剣を取り落とし、突然に倒れたのです。
最初のコメントを投稿しよう!