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その頃、南の魔王に連れ去られた兄のジーンは……
「魔王の城って近いの?」
「いや、遠いぞ」
「遠いのに歩いて行くんだね」
透き通る様な青空の下を、南の魔王と二人でのんびり歩いていた。
「空を飛べば早く着くけど、それじゃあつまらないだろ? せっかくだから、城までの道程を楽しもうぜ」
ニッコリ笑顔を見せ、ジーンに向かってウインクしている。どうやら、北の魔王とは正反対の性格らしい。遊ばせた短髪にオシャレな服装と、見た目も真逆だ。
「……」
「そんなに見つめられると照れるじゃないか」
「見つめて無いよ。ねえ、南の魔王ってさ……」
「キースって呼んでくれ。魔王って呼ばれるのは好きじゃないんだ」
「そっか、魔王にも名前があるもんね……あっ」
思い返せば、北の魔王の名前を知らない。
王子という立場上、国民は笑顔でジーンと接してくれた。しかし、裏では無能な王子だと陰口を叩いている。勿論、そんなことはジーン自身も気づいていた。悔しくて、辛くて、涙で枕を濡らす日々……
だけど、北の魔王だけは違った。ジーンの全てを受け入れ、心から大切にしてくれた。そんな北の魔王の名前すら知らなかったのかと胸が締め付けられる。それと同時に、名前だけでも知りたいという想いが膨れ上がってきた。
いつか、また会えた時に名前を呼んで……心からありがとうって言えるように……
「ジーン、どうした?」
「キースは北の魔王を知ってる?」
「知ってるも何も、俺の兄貴だ」
「お兄さん!? そっ、そうなんだ。じゃあさ……お兄さんの名前って……」
「兄貴の名前? アレクだよ」
「アレ……ク……」
うっすらと桃色に頬を染め、恥ずかしそうに俯くジーン。その可愛らしさは、お調子者のキースですら声を失った。
「ふふっ、アレクね。教えてくれてありがとう、キース」
そう言ってハニカム表情は、どんな兵器でも敵わないほどの攻撃力で胸を貫く。
「なるほど、兄貴が男を攫ったっていうのはガセだったのか。真実は、ジーン姫を攫って心を奪った……面白い。俺の名前を、その心に刻み付けてやる」
「えっ? 何か言った?」
「いや、何も」
意味深な誓いを立てる南の魔王。
北の魔王に続き、南の魔王もジーンが男とは気付けなかった。
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