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「気にしてくれたのはありがたいんだけど、君が気にする相手は他にいるんじゃないの?」
「え?」
ふいにかけられた言葉に顔を上げる。そこには、あの優しい眼差しがあったけど、なぜか高鳴る心臓は反応しなかった。
「リスクを背負ってまで付き合ってくれる人がいるんだ。俺も万引き犯は捕まえるけど、人の心を盗んだ人までは、捕まえることはできないかな」
あの人はそう告げると、右手を上げて背を向けた。言ってる意味が何となくわかっただけに、俊一と取り残されたことに緊張するはめになった。
「な、何よ?」
気まずさを隠す為に、いつものように強がってみたけど、俊一は黙って私を見ていた。
「あのさ、あの時、何て言ったの?」
何も言わない俊一にしびれを切らして、私はぶつかった時に俊一が何を呟いたのか聞いてみた。
「あの時って?」
「ぶつかった時。何か言ってたよね?」
私が問い詰めると、俊一はようやく困ったような表情を浮かべた。
「――って、言ったんだ」
困った表情から一転して、俊一があの時見せた真剣な眼差しを向けてきた。
「え?」
聞き取りきれずに眉間に皺を寄せると、俊一は小さくため息をついて、私の耳もとに顔を近づけてきた。
「あんな奴に、美華をとられてたまるかよって言ったんだ」
顔を真っ赤にして、でも、胸を抉られそうになるくらいに真っ直ぐな瞳を私に向けて、俊一ははっきりと口にした。
「え? それって――」
言葉の意味を確かめようとしたけど、それ以上は高鳴る鼓動が邪魔をして声が出なかった。
あの人に心を盗まれたと思ってた私。
俊一の心をいつの間にか盗んでいた私。
そして、今の私は――。
物言わないまま背を向けて歩きだした俊一の背中を、息苦しい思いのまま見つめ続けることしかできなくなっていた。
~了~
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