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――まったく、人の気持ちも知らないで
俊一の態度に怒りが収まらないまま、私はあの人が徘徊する食品売り場に入った。ちょうど夕方のタイムセール時みたいだから、売り場の中は多くのお客さんで賑わっていた。
そんな喧騒の中、いかにも怪しい素振りをしながら売り場を歩き、あの人の注意を引くことに専念する。さりげなくペットボトルのジュースを手にして人気のないコーナーに入ると、ちょっと緊張しながらもバックの中に商品を忍ばせた。
――我ながら完璧だね
ちょっとぎこちない動きだけど、出来映えは完璧だと思った。意気揚々と店の外へ出ると、まだまだ元気な太陽が目映い光で出迎えてくれた。
――大成功ってやつね
戦利品をバック越しに撫でながら、私は頬が弛むのを抑えきれなかった。背後には誰もいないし、あの人もついてはきていないから、万引きは成功したと判断してよさそうだった。
「って、成功してどうすんのよ!」
いつの間にか目的を勘違いしていた私は、一人ツッコミしながら売り場に戻って商品を棚に戻した。
「俊一がいないせいで、自分の馬鹿さ加減が自分でも恐ろしくなるよ」
ため息をつき、私は一人で愚痴を撒き散らしながら再び作戦に戻ることにした。
売り場を徘徊しながら、お菓子売り場でガムを一つ手にした。確実に捕まる為なら、何個か万引きした方がいいと思うんだけど、それだと捕まった時の泣き倒しが通用しない恐れがあった。
この作戦のポイントは、安い商品を一つだけ万引きすることにある。捕まっても、泣いて許しを乞える金額にしておくことが重要だった。
ごく普通の家庭だけど、悲惨な家庭環境だと嘘をついて同情を引く。そして、泣いてすがりながら、ちゃっかりあの人の胸に飛び込む予定だった。
――見逃す代わりにちょっと付き合えよとか言われたらどうしよう? そのままあの人と、あんなことやこんなことになったらどうしよう?
脳裏にあの人の腕に包まれる姿を想像して、私はにやけながら自分の頭を叩いた。いくら妄想とはいえ、あの人の鋭い目つきと優しい眼差しのギャップに攻められたら、自分でもおかしくなるのを抑えられなかった。
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