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「確かに君が万引きしているところは見ていたよ。ガムだけでなく、ジュースを万引きしているところもね」
そう告げたあの人は、突然吹き出すように笑いだした。
「ジュースを万引きしているのに万引き犯のオーラがなかったから、何してるんだろうって観察していたんだ。なかなか面白かったよ、一人漫才は」
笑いながら説明するあの人の言葉に、私は顔が焼けるように熱くなった。
「どうしてあんなことをしたんだ?」
咎めるような口調ではなく、諭すような口調に流されて、私はこれまでの経緯を話した。
「なるほど。そういうことか」
黙って聞いていたあの人は、腕を組んだまま深く頷いた。そして、私から俊一に視線を移すと、俊一に右手を差し出した。
「そういうことなら、返してくれるかな?」
あの人に促され、俊一がズボンのポケットに入れていた右手をあの人に差し出した。開かれた手には、私が盗んでいたガムかあった。
「なんで?」
予想外の光景に、私は自然と俊一のそばに歩み寄った。私のバックの中にあるはずのガムが、いつの間にか俊一のポケットにあることに、頭が回らなくて理解できなかった。
「売り場でぶつかった時、彼が抜き取ったんだよ」
「へ?」
「おそらく、僕が声をかけることを察知したんだろう。そうだよね?」
あの人に詰め寄られ、俊一が肩を落として頷いた。何が起きているのかわからなかったけど、ようやく事態を飲み込めた時には、声も出せなくなっていた。
――あの時、俊一はわざとぶつかったんだ
俊一とぶつかったのは偶然じゃなかった。俊一は、私が本当に万引きしたことをまずいと思ってフォローしてくれていた。
ぶつかった時に見せた真剣な眼差しを思い出して、また私の胸が大きく高鳴った。馬鹿なことをしでかしている私なのに、俊一はそばで真面目に私のことを見守ってくれていた。
情けないやら恥ずかしいやらで、自然と顔が下がる。一歩間違えたら大変なことになっていたかと思うと、俊一の目を見ることができなかった。
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