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人魚の髪は目を見張るほど鮮やかなブルーだ。それは入道雲の浮かぶ突き抜けるような青空のようでもあり、日の光を吸い込んでどこまでも透き通る夏の海のようでもあった。一度触れてしまえば、淡く溶けていってしまうのではないかと思うほど儚い色。光によって僅かに色を変えていくそれが苦しいほどに愛おしくて、櫂はどうしてもキャンバスに残したかったのだ。
「皆、お前みたいな奴ばかりなのか?」
儚げな見た目に反して雄々しい人魚に尋ねると、人魚はおかしそうにかぶりを振る。
「まさか。皆似ても似つかないさ。春花はそうだな、のんびり屋で心優しい子だ。しかし面倒臭がりなのがご愛嬌だな。秋虫、あれは、あそこまで真面目な奴を私は知らない。いつも小難しいことばかり考えているが、誠実で穏やかな子だよ。どちらも可愛げのある子達さ。
ただ冬鳥、あれだけはいけない。どうにも気にくわない。向こうも同じことを思っているのだろうね、会う度喧嘩をするのさ。丁度ここに来る前も、一発腹にくれてやったところさ」
バイオレンスな行動に櫂は苦笑する。それでも心の底から憎んでいるという訳でもないのだろう、人魚の言葉に刺々しさはあまり無い。
「少し昔話をしないか」
青い絵の具を水で溶かしながら、櫂は提案する。様々な会社の絵の具を取り寄せてみたが、人魚の髪の色を再現するのはなかなか困難なことだった。人魚は尾ひれで軽く水面を叩き、小さく首を傾げる。
「昔話?」
「そう。俺は貴方のことを何も知らないだろう? 聞かせてほしいんだ。貴方がどこに住んでいて、どのように暮らしていたのかを」
「そうさねぇ……」
紅茶色の人魚の瞳が、微睡むように柔く細められる。
「私が住んでいたのは、それはそれは美しい海だったよ。透き通るような青に薄緑の入り混じった、そうそう、以前アンタが見せてくれたらむね、あんな色だったなあ。海の中は生き物の気配で満ち溢れていて、とても豊かな場所だった。海の底から海面を仰ぐとね、太陽の光がベールみたいにゆらめきながら、何層も重なり合って、どこまでも溶け込んでいくのがよく見えた」
夢心地なその声は、まるでゆりかごを思わせた。甘い囁きに導かれるように目を閉じれば、瞼に浮かぶのは見知らぬ海の世界。
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