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オープンキャンパスで訪れた大学の構内で、その音が聴こえてきたのは、偶然以外のなにものでもないと思う。
確かに郁人さんがこの大学に通っているらしいってことは知っていた。
アンサンブルサークルに所属しているらしいってことも。
でもまさか、この日、この時間、広い構内にありながら遭遇できるなんて。
――それは、ただのわたしの願い以外のなにものでもなかったのに。
聴こえる音をたよりに、キャンパス内を駆けだす。
借りたディスクに収録されていた音よりも、更にのびやかな音。
こっち!
建物の角を曲がった先、人気のない建物のエントランスに立つ郁人さんと、すごい勢いで角を飛び出したわたしは、正面からばっちり目が合ってしまった。
音が止まる。
演奏の邪魔をしたかったわけじゃないのに、これは不可抗力だ。
郁人さんの手には、やっぱり黒ずんだフルート。
「なに、おまえ。なんでこんなところにいんの?」
「オッ、オープンキャンパスだからっ」
普通に話しかけられて、わたしは挙動不審になりながらもどきどきしながら必死に答える。
「ああ、そうか。だからなんか人が多かったのか」
「知らなかったんですか?」
「俺には関係ねえし。それよりおまえ、オープンキャンパスなら会場こっちじゃねえだろ。また迷ってんのかよ」
「迷ってないです。フルートの音が、聴こえたから」
『あなたの』フルートの音が、とは、さすがに言えなかった。
「へぇ。でもおまえ、フルートなんてもう辞めたんじゃねえの? 全っ然吹いてなさそうだったくせに」
確かにあの日のわたしは、直前に少し練習したもののすごく久しぶりにフルートを吹いたし、ひどい音だったし、指も回らなかったけど。
「あの頃はいろいろ忙しくて、なかなかフルート吹く時間なかったから。でも、最近は……」
「じゃあ、吹いてみろよ」
「え?」
「貸してやるから、吹いてみろよ。聴くのが一番早ぇ」
そう言って、郁人さんはフルートを無造作にこちらに差し出した。
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