出会ってしまったから

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よく見るフルートはだいたい銀色をしているけど、銀は汗なんかで硫化して黒ずみやすい。 郁人さんのフルートが黒いのも、そのせいだと思う。 楽器は自分で磨くこともできるけど、楽器屋に持ち込む人も多い。 音色のことなんかも考えて、あえて、変色したフルートを吹く人もいるっていうけど……。 かくいう、わたしのフルートだって、引退してからは年に数度吹くか吹かないかだったから、このあいだ久しぶりに楽器屋に調整に出してきたばかりだったりする。 ついでに、少しきれいにしてもらった。 正直、高校生の自分にとって、調整料金はなかなかばかにならなかった。 この人、もしかしてお金がないのかな。 「んだよ。見てくれなんてどうでもいいだろ」 郁人さんに横目で睨まれる。 と、ほぼ同時に、チューニングが始まった。 「ごめんなさい」 わたしは慌てて謝ると、演奏に集中する。 うわぁ、久しぶりなだけあって、ひどい音。 ただ、楽器自体に異常はなさそうで、ほっとする。 自分の音にうんざりしながらも、チューナーで確認して合わせていく。 うん、これなら……。 「郁人、ちゃんとやんなさいよ」 自分の音がなんとかなったころ、郁人さんが叱られているのが微かに聞こえた。 郁人さんが、バレたか、みたいな顔をして、ようやく息を吸い込む。 息が吹き込まれた瞬間、わたしは息をのんだ。 隣から聴こえてきたのは、芯のあるまっすぐな音。 チューナーを使ってないのは、必要ないからだってわかる、安定したきれいな音。 そして、すごく柔らかい。 これまでの郁人さんの言動とフルートの音色とのギャップに驚いて、わたしはその音に聴き入ってしまった。
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