山本良司という男

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皆さんは路線バスのドライバーをどうお思いでしょうか。 すんごい丁寧で感じのいい人もいれば、降りた後も胸くそ悪いドライバーもいますよね。 運転の荒い人。 バス停に走ってくるお客さんを待ってくれる人。 舌打ちマイクで拾っちゃってる人。 手を振る子供に笑顔で振り返す人。 ドライバーも様々です。 この男が務める七色バスは、そういった教育には力を入れているものの、やはり一定数はいるのです。くそドライバーが。 組織が大きくなるほど沢山の人がいますからね。色んな人がいます。 教育課では丁寧な接客と運転を指導しますが、こうなってしまう人もいます。 「うっせぇな…クソが」小声 スクール路線は、そりゃまぁ学校の登下校のために設定されているラインではあるけど、それでも一般の客も乗る。 『もう少し静かにしてくださいね~』ハァ… 大学を卒業し、七バスに就職。 入社してすぐに大型二種の免許をとりバスのドライバーになった。 本社や営業所で机に向かうか、バスを走らせるか。 俺は現場を選んだ。 だから会社が二種免許を取らせてくれた。 名門女子校の前で生徒を積めるだけ積み、積載人数ギリ。 いや超えてる気もする。 『北住田お降りの方〜』 確かにボタンは鳴った。赤くランプがついている。 ただ、この女子高生たちの声がうるさ過ぎて、降車ボタンは聞こえないし、下手したら緊急車両のサイレンも聞こえない。 皆さんこういう事ですよ。 乗り合いバスなんで他人の迷惑もそりゃ大事だけど、音が聞こえづらい、気が散る、これが怖いんです。 『お降りの方〜』 バス停で停め、ミラーで確認する。 埋め尽くす女子高生の黒々した制服の中、水色のシャツを着た御婦人が見えた。 通路でリュックに挟まれている模様。うっかり乗ってしまったのか、その表情は苦痛に歪み、ミラー越しに目が合った。 『降りますか?』 必死に首を縦に振る。 『通路開けて下さい』 なんて俺の声は聞こえない集団。 学生時代、静かになるまで沈黙する教師の気持ちがわかる。 だが俺がここで沈黙してはいけない。 『降りる方がいますので通路開けて下さい!』 大きめに言う。 そしてこの俺、そう気は長くない。 『通路開けろっつってんだろ!』 多少ざわつくものの、リュックの本人たちはリュックが塞いでいるとは思ってないのか、何この運転手(# ゚Д゚)みたいな目で見やがる。 その時だった。 「そこ通れないみたいですよ」 一人の生徒が道を開けてくれた。 ポニーテールにした長い髪がサラッと流れた。 御婦人は無事に降り、その生徒は何事もなかったように大勢の中に紛れた。 その女子生徒が降りたのは京町本郷停留所。 俺はマイクを切って 「ありがとう」 そう言った。 カードリーダーに触れたパスケースは、よく見る熊のあれだった。 その後、そんな出来事はすっかり忘れたし、彼女の顔なんて覚えているはずもなかった。 同じような毎日が過ぎていく。 面白くもなんともなかった。
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