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運転する桜井の横顔は、いつもの桜井では無かった。難しい問題に頭を悩ませている、困ったような表情をしていた。
「何かあったんですか?」
亜実花は心配になった。
「うん……。もう一人、現れたんだ」
「もう一人? 元の世界の人が?」
「うん」
仲間が見つかったのに、あまり嬉しそうでは無い。逆に困っているようだ。
車は『ワンコイン』で停まった。
もう店の看板は消えていた。亜実花が車から降りて店に入ろうとすると鍵が掛かっていた。
「あれ?」
桜井が車から降りてきて、ドアをノックし「僕だよ」と言うと、鍵を外す音がした。
店に入るとマスターが眉間にシワを寄せて立っていた。二人が入るとまたマスターは鍵を掛けた。
マスターと桜井は黙ったままだった。
「えっと……もう一人現れたそうですね」
亜実花が声を発すると、二人は一緒に亜実花の方を見た。
「もう、思い出しただけで悔しくて……」
「ああいう人もいたなんてね」
そう言ってまた二人は黙ってしまった。
困った亜実花が店内を見ると、テーブルの上にはまだグラスやビール瓶、おつまみの乗っていたであろうお皿、灰皿が、置きっぱなしになっていた。その隣のテーブルはひっくり返っていて、一輪挿しとバラの花が床に転がっていた。
マスターは片付ける気にもならない程の相当なショックを受けたようだ。
亜実花は可哀想に思い、片付け始めた。
「亜実花……、ごめんね」
「この前ご馳走になったからやらせて下さい」
亜実花が笑顔で言うと、マスターはホロホロと涙を流し始めた。
「みんな亜実花や健ちゃんみたいに優しかったらいいのに」
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