秘密のアジト

17/28
65人が本棚に入れています
本棚に追加
/435ページ
 一瞬、マスターの顔がひきつった。 「な、何の事かしら?」 「ワンコインて500円の事だろ。いや、100円か。店の名前なんだからワンコインで飲ませてくれるんだろ」 「そんな……そんな値段で商売してたら、すぐに潰れちゃうわよ、やーねー」  まだマスターには笑う余裕があった。表面だけだが。 「ほらほら、メニューにちゃんと書いてあるでしょ。ビール1本5万円って」 「何だ? ここはボッタクリかー!?」  男は隣のテーブルを蹴飛ばした。 「な、何すんのよ」 「うるせえ、酒持ってこい!」  見かねた桜井は「マスター、コーヒー」と言いマスターを呼んだ。そして小声で「しばらく放っておこうよ。暴れたら警察呼ぼう」    男はブツブツ言いながら一人で飲んでいた。 「畜生、何でこんな事になっちまったんだ」  男の独り言を聞いていると、どうやら男は体を壊して入院していたらしい。退院となり会計の時、凄い金額を請求された。たぶん入院中にこの世界へ来てしまったらしく、高額な入院費も払えず、退院後の生活費も無く、自暴自棄になっているようだ。  そんな時にこの『ワンコイン』を見付け、嬉しくて入って来たらしい。 「何か、可哀想ね……」  同情していた二人だったが、 「おい、あんたもアッチから来たんだろ。俺の辛さ分かるだろ。だったら今日はこれでいいよな」  そう言って男は500円玉をテーブルに置いた。 「え、ちょっと、これじゃ少なすぎよ!」 「無いもんは無いんだ。警察呼びたきゃ呼べよ。刑務所入ったらメシも食えるからその方がいいや。早く呼べ!」  そう言って倒れているテーブルを蹴り始めた。他のテーブルへも向かい始めたので、マスターは「やめてよ!」と男を引っ張っぱると、今度はマスターを殴ろうと手を振り上げた。  桜井が慌てて止めに入ったが男は泣きながら腕を振り続けた。  マスターが警察を呼び、男は連れて行かれた。去り際に男は、 「また来るからな」  と言ってニヤリと笑った。
/435ページ

最初のコメントを投稿しよう!