65人が本棚に入れています
本棚に追加
/435ページ
一瞬、マスターの顔がひきつった。
「な、何の事かしら?」
「ワンコインて500円の事だろ。いや、100円か。店の名前なんだからワンコインで飲ませてくれるんだろ」
「そんな……そんな値段で商売してたら、すぐに潰れちゃうわよ、やーねー」
まだマスターには笑う余裕があった。表面だけだが。
「ほらほら、メニューにちゃんと書いてあるでしょ。ビール1本5万円って」
「何だ? ここはボッタクリかー!?」
男は隣のテーブルを蹴飛ばした。
「な、何すんのよ」
「うるせえ、酒持ってこい!」
見かねた桜井は「マスター、コーヒー」と言いマスターを呼んだ。そして小声で「しばらく放っておこうよ。暴れたら警察呼ぼう」
男はブツブツ言いながら一人で飲んでいた。
「畜生、何でこんな事になっちまったんだ」
男の独り言を聞いていると、どうやら男は体を壊して入院していたらしい。退院となり会計の時、凄い金額を請求された。たぶん入院中にこの世界へ来てしまったらしく、高額な入院費も払えず、退院後の生活費も無く、自暴自棄になっているようだ。
そんな時にこの『ワンコイン』を見付け、嬉しくて入って来たらしい。
「何か、可哀想ね……」
同情していた二人だったが、
「おい、あんたもアッチから来たんだろ。俺の辛さ分かるだろ。だったら今日はこれでいいよな」
そう言って男は500円玉をテーブルに置いた。
「え、ちょっと、これじゃ少なすぎよ!」
「無いもんは無いんだ。警察呼びたきゃ呼べよ。刑務所入ったらメシも食えるからその方がいいや。早く呼べ!」
そう言って倒れているテーブルを蹴り始めた。他のテーブルへも向かい始めたので、マスターは「やめてよ!」と男を引っ張っぱると、今度はマスターを殴ろうと手を振り上げた。
桜井が慌てて止めに入ったが男は泣きながら腕を振り続けた。
マスターが警察を呼び、男は連れて行かれた。去り際に男は、
「また来るからな」
と言ってニヤリと笑った。
最初のコメントを投稿しよう!