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「しなきゃダメです。」
「なぜ?」
「だって、私、幼稚園の先生になりたいんだもの。だから、高校へ行って、それから大学も行かなきゃだし。」
「それはあと、どれくらいかかるのだ?」
「えーと、高校が3年間で大学が4年間だから…最低でもあと7年かな。」
辰爾さまは眉間にしわを寄せた。
「そうすると、瑞希は22だ。行き遅れになろうが…」
「はぁ?」
人生100年時代に何を言う!だ。
結婚する、しないは個人の自由、いつしようとも個人の自由だ。
「意味、分かんないんですけどっ。だいたい、行き遅れってなんですかっ!セクハラですかっ!?」
「せくはら、とはわからぬが…22など後家くらいしか嫁ぎ先が…」
「いつの時代の話よっっ!!」
「何を言う。嫁するのであれば、早い方がよかろう。」
「嫁するって…いつも言ってますけど、結婚なんてしませんから。」
「それこそ、何故だ。あの頃は、あれほど嬉しそうにしていたではないか。」
辰爾さまは悲しそうに言った。
でも、辰爾さまの言う『あの頃』のことなんて覚えていないのだから、仕方がない。
「とにかく、今年は塾の夏期講習もあるし行けません。そういう訳で、はい、さようなら。」
そう言って、私は机に向かった。
「また、明日の晩に来るぞ。」
「何度来ても今年の返事は変わりません。」
「連れないのぉ…」
辰爾さまはぽつりとつぶやくとすっと部屋の中の空気に溶け込むように消えた。
でも、私は明日もまた、同じ時間に辰爾さまが来ることを知っている。
だって、この5年間、毎年同じことを繰り返している。
いつ来るのか、待っている、そして、『早く嫁に来い』と言う。
最後の『嫁に来い』だけは『はい』とは言えないけれど、でももう、この時期にやって来る辰爾さまは私の中では、もはや夏の訪れを告げる風物詩になりかけている。
「ああ、今年も夏が来たなぁ。」
細い月が窓からの覗いている。
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