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「志野さん」
志野の肩を掴んだ。辺りの人々がさっと身を引いた気配が伝わってきたが、そんなことよりも志野の体温を感じた。
温かい。生きている。
振り向いた志野は目を剥いた。
「守」
「どこへ行く気ですか」
「てめえ、いつから見てた」
「そんなことはどうでもいい。病院へ行きましょう」
「うるさい」
「放っておけないんです」
守は言った。
「もうすぐパトカーが来ます。俺と行きますか、それとも警察と行きますか。選んで下さい」
「……マッポは嫌いだ」
泣きそうな顔をしている志野は、ひどくか弱く、まとっていたとげとげしい雰囲気は霧となって消えた。現れたのは傷ついた猫だ。痛々しくて見ていられない。このまま抱きしめて、首筋の匂いを嗅ぎながら安心するまで傍にいてあげたい。いや、安堵するのは俺の方かもしれない、と守は思った。
志野と肩を組んで顔を上げると、数メートル離れた場所に中林達が遠巻きに立っていた。花巻を始め女性社員達はみな怯えた表情をしている。中林の瞳は困惑の色を浮かべていた。
まずい。見られてしまった。
冷たい汗が脇から染み出て皮膚をゆっくり伝っていった。
「そいつ……藤沢の知り合い?」
中林が言った。ひやりとする口調になっているのに、本人は気づいているだろうか。守がはいと答えれば、同類と見なすと目で訴えている。
何と答えればいいのだろう。
「いや……」
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