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志野も同じ気持ちだと、言い切ってしまわなくては選べない。
やくざとの交流があると中林達に見られた今、隠し通すのは難しい。同僚達の見る目は確実に悪い方へ変わる。
天秤にかけずともどちらが不幸か明白だ。危険を避け安定の道を選ぶのが社会人のあるべき姿だろう。現に条例を作り社会もやくざと縁を切ろうとしているではないか。逆らってどうなるのだ。
しかしどんなに理詰めで考え損得を計算しても決まりかけていた。頭で選ぶのではなく気持ちが指針のようだ。
もし、心に抗う術があるなら教えて欲しい。守の方位磁針は深く温い水の底を指していて、もう足の甲まで浸かっている。
恐れと戸惑いで志野を見ると切れ長の瞳がきらりと光ったように見えた。波が月明かりに反射するような輝きに魅せられて、志野を脇道へ引っ張った。煤で汚れた壁を背に立たせ顔の横に両手をついた。
「何だ。どけよ」
志野は守を上目だけで睨んだ。
「早くお友達のところに戻りな」
「出来ません」
「なんでだ」
「どうして襲われているんですか。あの中国人の男は何者です」
「関係ないだろう」
「教えてください」
見詰めると志野が先に目を逸らした。
「ちくるなよ」
「はい」
「あいつは日本に行くための金を借りるために、故郷で家族を人質に取られていたんだ。シャブを売った金で、返済と仕送りをしていた」
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