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「あの時、魂だけが未来に、つまり今現在に飛んで、この虫に憑依したんだよ」
「魂が未来に飛んで、虫に乗り移ったって?そんな話……」
「信じられないか?覚えてもねえか?まあ聞けよ。ああっ、もう何だよこの身体、うざってえな」
光があるロビーのガラスにタックルする自分を抑えられないのにイライラしながら、虫が続けた。
「この世界に飛んできて、お前が未来の俺だなんて、信じられなかった。何だよそのザマは。周りにビクビク気を使って、一人で夜中に泣きながら散歩?」
「…………勝手に見てんじゃねえよ」
全て見られていたのか。相手は昔の自分てことらしいが、いい気持ちはしなかった。
「中学の頃を思い出してくれよ。親父のプレッシャーと、スクールカーストの息苦しさで毎日が辛くて、大人になったらこんなのなくなるんだって、思ってたはずだろ?」
虫の言葉に、また涙が込み上げてきた。
「そうだったな。それは、覚えてるよ」
「なのに何だよ。親父と離れて暮らして、学校もないってのに、何にも変わってねえじゃねえか。そんなのってあるか?未来にも希望がないって見せられた俺の気持ちになってくれよ」
「………………」
虫の声にも、どことなく涙が混ざっているように感じた。
「……なぁ、どうする?正直、未来にも希望がないなら、俺は戻らずにこのままあの世に行きたいって気持ちだ。来世に期待って奴さ。過去の俺が死ねば、お前もいなくなるから、今の苦しみからも解放されるぞ」
「………………」
即答できなかった。ついさっき、みっともなくても生きていこうと決めたばかりなのに、また消え去りたい願望に囚われ始めている。
「僕は……僕は…………」
虫がぴたりとタックルを止めた。
「そろそろ時間みたいだ。早く決めてくれ。俺はお前の決断に従うよ」
「僕は…………」
虫の目を見て言った。
「答えは分かってるはずだろ?僕は、死ぬ度胸なんてない。だから生きる。後ろ向きな理由だよ。でも、そんな理由で生きてちゃいけないって、誰が決めた?僕は僕を受け入れる。ダサくて、弱い自分をね」
虫が、リーンと羽を鳴らした後に、言った。
「ひとつだけ教えてやる。大人になって解放されたことが一つあると分かって、俺は少しだけ救われたよ」
「?」
「人前で、それだけ泣けるってことさ。親父に言いたくても言えずにいた言葉、覚えてるか?」
僕は「ああ」と頷いた。
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