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第3章 「Heaven is here.」
漱石に連れられて俺は坂道を登っている。かれこれ1時間は歩き続けていると思うが、一向に先の景色が見えない。この時俺はある異変に気付いていた。不思議と全く疲れがないのだ。それもそのはず、俺は死んでいるのだ。肉体を持たない、魂だけの姿となり果ててしまっている俺は、もはや疲労感とは縁遠い存在なのだろう。
「なかなか不思議な感覚じゃろ?生きる時に感じていた様々な感覚がすっぽりとなくなってるんだよなぁ・・・。」
ひどい違和感の腰みの姿で漱石はどこか遠くを見つめながら話していた。その眼差しは大文豪を思わせるものだった。
「ええ。いくら歩いても全く疲れないというのは奇妙ですよね。本当に死んだんだなって、実感できます。」
「ああ、そうだろそうだろう。初めてここに来た時が懐かしいのぅ。」
「あの・・・」
「ん?なんだ?」
「漱石さんは・・・今も本を書いているんですか?」
どうやら俺は核心をついた質問をしたようだ。漱石さんの目つきが急に変わった。
「いや、書いとらんよ。おいらは今料理人をしとるからね。」
「え?料理人なんですか?」
その時俺の中である仮説が生まれた。実はこの仮説は中学生の頃から考えてたのだが、もし天国が存在するとして、人の魂は生前と似た環境の中で過ごすのか否か。もしかしたら、否なのではないだろうか、死後の世界では生きている間実現できなかった夢・理想を叶えているのではないか、という仮説を当時の俺は特に根拠もなく思いついたのだ。
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