蝉と蜃気楼

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蝉と蜃気楼

 八月。夏真っ盛りだと言いたいのか蝉がまるで最愛の人を殺されたかのように鳴く。人の気も知らないで。一度も会った事も無い人達が彼の写真の前で、物を言わなくなった彼の前で泣いていた。私はその光景を見てただ呆然とその場に立ち尽くしていた。とても悲しいはずなのに涙は出なかった。あの蝉のように泣き喚いて全てを吐き出してしまえたらどれだけ楽だっただろうか。  彼に出会ったのも今日みたいに蒸し暑くて蝉がうるさい日だった。バイト先で出会った年の離れた彼はとても優しい人だった。彼は私のどんなわがままも受け入れてくれていたし、私も彼の全てを受け入れる事ができると思っていた。他の人に見せないような怒った顔も悲しい顔も私には見せてくれていた。すれ違う事があっても二人で解決していけた。会って間もないのに私は彼と生涯を共にするんだと、心からそう信じていた。     
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