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「……えっ! ち、ち、違うよ! べ、別に先輩のことだけを見てたわけじゃ…」
突然の民恵の言葉に、真琴は思わず顔を赤らめると慌てて首を左右に振った。
「誰が見たってバレバレだって。もう、そんなに好きなら、いい加減、告っちゃえば?」
「で、できるわけないじゃない! な、何言ってるの、もう…」
「松平先輩、そうとうな剣道バカで痛いくらいの時代劇ヲタだけど、その点を除けば普通にカッコイイし、けっこう狙ってる子も多いんだからね。密かに思いを寄せる純情乙女も確かに萌えるけど、おちおちしてると誰かに先越されちゃうぞお~?」
ますます顔を真っ赤にして慌てふためく真琴を、民恵はなおもイヤラしい目つきでおもしろそうに眺める。
「そんなこと言われたってぇ……フられるのは目に見えてるし……そうなったら嫌だし……」
「んなの言ってみなくちゃわからないじゃん。ここは一つ、玉砕する覚悟で!」
「ぎょ、玉砕なんてもっと嫌だよう! ……ううん。結果は決まってるんだから、そんな覚悟も必要ないよ……」
俯き、もごもごと口籠るネガティブな真琴を民恵はいつものように後押ししてみるが、彼女は不意に表情を曇らすと、どこか物憂げな笑みを湛えて、再び部員達の方へ視線を向けた。
「ダメだよ。ぜったい……カワイイわけじゃないし、これと言って取柄があるわけでもないし、きっと先輩、あたしなんか相手にしてくれないよ。そんな目に見えた玉砕するより、あたしはこのまま同じ部の後輩として、先輩のことを近くで見守っていられればそれでいいんだぁ……」
「真琴……ハァ…ったく、近年稀(まれ)に見る天然記念物級の恋する純情少女なんだからぁ……」
「よーし! やめーいっ!」
民恵が深い溜息を吐くのと同時に、道場内にはよく通る大音声が響き渡る。稽古を止めるよう指示する部長――即ち真琴が恋する件の相手、松平の声である。
その掛け声を聞くや一瞬にして竹刀の上げていたけたたましい騒音は鳴り止み、辺りはピンと張りつめた、風のない湖面のような静寂に支配される……そのわずか後、お互い中段に構え直し、礼をして後に下がった部員達は、それぞれの定められた位置に正座して一斉に重たい面を外した。
「フゥ……」
部長の松平も道場正面の一番前に正座し、自身を守ってくれる対価として、その身を窮屈に拘束していた面を取り去る。
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