0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
右の男性の顔は光の加減であまり見えないが、寄ってくれた左の男性の顔ははっきり見えた。眼鏡をかけていて、綺麗な身なりをしている。表情に硬さは残るが。…実を言うとあまり男性に免疫がない。ついつい赤くなりそうな自分の顔を無言で叱責し、意を決して顔を上げて歩く。両耳が遠くから聞こえる心地の良い話し声を僅かではあるが、拾った。幸せそう、と漠然と感じた。
その瞬間、爽やかな匂いが鼻腔を掠めた。しかし、それよりも左側の男性の表情で頭がいっぱいである。あの人はあんなにも穏やかな顔ができるのか、と。完全に視界から消え去った男性の顔を思い浮かべつつ、駅へ向かう。
『あれ、私…』
先ほどまではおぼつかなかった足場が自然と安定していた。いつの間にか駅も目と鼻の先に位置している。今日はツイている、かもしれない。青のワンピースが近くのカーブミラーに反射した光で輝いているように見えた。
『…あの人、このあたりの人なのかな…』
上機嫌で横断歩道を渡り、駅の構内へ急ぐ。
『付き合うなら…大人な男性がいいな…さっきの人みたいに』
しかし、ある事がどうしても引っかかった。見ず知らずの自分が見てもわかるぐらい表情のなかった男性があんなに簡単に穏やかな表情をするのか。
『もしかして…』
これはあくまで想像の域ではあるが、あの二人はただの友人関係ではなく…いや、そもそも愛の形は人それぞれである。第三者である自分が勝手に想像し、勝手に失恋するなど、申し訳ない話である。
最初のコメントを投稿しよう!