58人が本棚に入れています
本棚に追加
「おお、なるほど。和也くん、分かるね? 男は度胸だ。ここは一発、熱いキスを交わして、駆け落ちする覚悟で水希ちゃんを拐っていきなさい。但し、泣かせたら許さないからな」
「ハッ……ハハッ……」
このテンションは疲れるけど、水希が大切にされていると知って安心した。水希に何かあっては、夏奈に胸を張って報告できない。
もしかしたら、夏奈が見守ってくれているのかも……そう感じて辺りを見渡す。
店頭に並ぶ向日葵と夏奈の笑顔が重なった。
持ってきたノートを開き、今の気持ちとオーナーの言葉を書き留める。そして、額に汗を滲ませ、健気に仕事する水希を見つめた。
きっと、夏奈もこんな風に仕事をしていたのだろう。二人の姿を重ね合わせ、心に感じた想いもノートに綴った。
「有難う御座いました。また来ます」
礼を述べて家に戻り、ノートを眺めて気づく。夏奈との思い出は、東京にも残っていると。
ホテルを予約して、まだ記憶に新しいアパートを訪ねた。着いたのは夕方。あの時と同じように、アパートがオレンジ色に染まっている。
ベランダで佇む俺を見上げていた夏奈。
「確か、この辺りだったよな」
同じ位置に立って、今は誰も住んでいない部屋を見つめた。生気のない顔の俺を見て、何を考えていたのだろう? 夏奈の事だから、自分が苦しい事なんて忘れて、心配してくれていたはず。健気な想いに息が苦しく感じる。
あの時、アルバイト休まず会えなかったら? プライドが邪魔をして、夏奈を追い返していたら? こんなにも頑張れなかった。夢を叶えられなかった。夏奈の笑顔を見る事は叶わなかった……
無意識に「ありがとう」という言葉を呟き、アパートを後にする。その足で向かった先はスカイツリー。まだ、スカイツリーのイルミネーションは点灯していない。時計確認して、夏奈と見上げた光が現れるのを待つ。
やがて辺りは暗闇に包まれ、空へと一直線に向かう光の道が照らし出された。前回見た時は青い光だったのに、今回は紫色の光を放っている。
「他の色もあるのか。夏奈に見せてやりたいな……」
空に向かっているから気付いているかも知れない。でも、ドジな夏奈は気付いていないかも知れない。そんな事を考えていたら、返事が来るはずの無い夏奈へ撮影した画像を送信していた。
最初のコメントを投稿しよう!