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立ち上がって大きく伸びをする。水希もスカートの泥を払い、空色の花瓶を見つめた。
「願いを叶えるには、同じ願いが二つ必要らしい。二人の心からの願いが一つに重なった時、向日葵が願いを叶えてくれる」
「そうなの?」
もし、俺の歌で笑顔になりたいなんて願ってたら……そんな都合の良い話なんて無いと笑い、ギターに向日葵のピックを当てる。
『俺の歌で夏奈を笑顔にしたい』
『和也の歌で笑顔になりたい』
頭の中に直接入り込んで来た言葉は、武道館ライブで聞いた声。
ちっぽけで大きな願いは、きっと夏奈にも聞こえている。
「なあ、夏奈。俺の声は聞こえているか? お前も同じことを願っていたのか? そうだとしたら……ハハッ、欲が無いよな。一緒にいてやるよ。ずっと歌い続けてやる。だから、隣で笑っていて欲しい。この曲を最愛なる夏奈と向日葵たちに贈る……」
[向日葵のLove Song]を君に……
優しく弦を弾き、流れる様にメロディーを奏でる。
向日葵のギターは、アコースティックギターじゃない。エレキギターだから、アンプを通さないと音が広がらない。
しかし、向日葵のライブ会場全体に届くはずの無い音は、オレンジ色に染まった向日葵の動きに合わせ広がっていく。
信じられないといった表情で立ち尽くす水希。その横で、夏奈への想いを込めた[向日葵のLove Song]を歌い、メロディーと合わせて風に乗せた。
観客は夏奈と向日葵。何も変わらない、あの頃と同じ空気がライブ会場を包み込む。
『夏奈の笑顔を見れますように……』
『和也の笑顔が見れますように……』
幼い頃の二人の想いが駆け巡る。
やがて、澄み切った声は全ての向日葵へと伝わった。その想いは光となり、夏奈の幻影を輝かせる。
『信じてたよ』
「夏奈が信じてくれたから頑張れたんだ」
『次のライブは?』
「毎年、必ずこの場所で」
『約束だよ』
「約束する。それと、このギターは俺が借りておく。だから、返すまで離れるな」
『ずっと一緒?』
「ああ、ずっと一緒だ」
…………
……
……
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