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校舎を飛び出し、この町で唯一のフラワーショップへ駆けていく。
「店長、こんにちは」
「おお、葵くん。いらっしゃい」
「また、あのギターを貸してもらえませんか? 伝説のギターで歌詞にメロディーをつけたいんですよ」
「伝説のギターって大袈裟な事を言うね。まあ、好きに使ってくれて構わないよ。弦も新しいのに張り替えておいたから」
「ありがとうございます」
空色のベースに向日葵のデザインがされたエレキギターを受け取り、深く頭を下げた。
知らない人が見たら、ただの古いギターにしか見えないだろう。だけど俺には分かる。丁寧に整備されていて、その音は色褪せない。
いや、整備しているだけじゃないはず。楽器は生き物だ。大切に保管していても、使わなければ音の彩りは失われていく。直接聴いた事は無いけど、店長は今でも弾いているのだろう。
そう考えるだけで、勇気を貰える気がした。触れるだけでも、メロディーが溢れだした。いつか俺が最高の楽器を見つけるまでは、このギターに力を貸してもらおうと思っている。
「じゃあ、行ってきます」
「また、あそこに行くのかい?」
「はい。俺にとって最高のライブ会場ですから」
「そうか。向日葵たちに宜しくな。葵くんの、純粋な歌で楽しませてやってくれ」
……向日葵たちに宜しく?
言葉の意味が分からず首を傾げても、店長は微笑み返すだけ。そういえば、花は音楽を聴かせると成長に変化がみられるらしい。変な歌を聴かせては、フラワーショップの店長として見過ごせないのかも知れない。
「分かりました」
荷物を店に置かせて貰い、ギターケースにノートとペンだけを持って向日葵畑へ向かった。
途中で母からラインが入ったけど、見なかった事にする。それよりも、ずっと考えていた新曲の歌詞に早くメロディーをつけたい。
向日葵畑の中心に立ち、ノートを確認してAメロから音を当てていく。
ようやくサビに入ると言うところで、聞きなれた声に邪魔をされてしまった。
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