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夏の音が聞こえる
室温計の表示は35度を超えた。東京は今日も猛暑日だ。世間は楽しい夏休みだが生憎俺にはバイト以外の予定が何一つない。おまけにこの部屋にはクーラーがない。クーラーなぞ買う金がない。
「暑すぎる……今日こそ本当に死ぬかもしれない……」
6畳一間の中心で、首の回らなくなった扇風機の風を浴びながら、頭の片隅に死という文字がよぎる。外ではセミがせわしなく鳴いている。何もやる気が起きず横になったものの、一度横になったが最後、もう永久に起き上がれない気がしてきた。
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。通販した記憶もないし、どうせまた新聞の勧誘か宗教の勧誘のどちらかだろう。立ち上がることさえ億劫で俺は居留守を決め込むことにした。
ピンポンピンポンピンポーン
もしや、居留守がばれているのだろうか?これ以上チャイムを連打されて近所迷惑になるのも嫌なので、俺は仕方なく汗でデロデロになった体を起こし、のそのそと玄関まで向かった。
ドアスコープから見えたのは一か月だけでいいから新聞をとってほしいおじさんでもあなたの幸せを祈りたいおばさんでもなかった。
家の扉の前にはショートカットの女の子が立っていた。ショートパンツからすらりと伸びた足はよく日に焼けている。彼女がいないどころか女友達すらいない俺には、当然家に女の子が訪ねてきたことなんかあるはずもなく、玄関で一人狼狽える。中学生にも高校生にも見えるその子が年下であることは間違いないのだけど、もしかしたらそうやって油断させておいて、後ろから怖い大人の人が現れて高額な壺を売りつけられるのかもしれない。
「あの……何かご用ですか?」
十センチほど開けた玄関の隙間から俺は不信感丸出しで女の子に声をかけた。
「こんにちは!あの時助けて頂いたセミです!」
女の子が元気よく答えるのを見届けて、俺はゆっくりと扉を閉めた。
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