夏の音が聞こえる

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 日が落ちてから俺達はバケツとチャッカマンを持って外に出た。最後に花火をしたのはいつのことだっただろう。夜とはいえ、涼しくなるにはまだまだほど遠い時期だ。だけどこのぬるい温度が俺は嫌いではなかった。凍てつく冬や物悲しい秋と違って、夏の夜はなんだか優しい気がする。アパートの駐車場で、早速俺達は手持ち花火に火をつけた。  「綺麗ですね。花火を買ってきた僕に感謝して下さいね」  「まあ俺の金だけどな」  花火はバチバチと音を立てながら、まるで星が弾けるように火花を散らした。鼻をかすめる火薬の匂いと、たった数秒で燃え尽きてしまうその儚さはまさに夏の風物詩そのものだ。  「一度打ち上げ花火も見てみたかったんですけどね。さっきテレビでやってました。でも流石にタイミングよく近場で花火大会はやってませんでした」  花火を振り回しその残像で絵を描いているカナを見て、思わず、「また今度行けばいいじゃないか」と言いかけた俺はゆっくり言葉を飲み込んだ。夏なんか当たり前に毎年訪れるものだと思っていたけど、カナに次の夏が来ることはない。  「よーし、次火つけるから見てろよ」  俺はコインのような形の花火に火をつける。花火はもくもくと煙を出しながらにょろにょろとその燃えかすを伸ばしていった。  「……なんですかこのもりもりした地味なやつは」  「へび花火」  花火の締めといえば線香花火だろう。どれだけ長く火球を地面に落とさずにいられるか挑戦しようと思っていたのに、カナときたら「ナツキさん!勝負です!」とか言いながら自分の線香花火の火球を俺の持っているものに押し付けて、火球を丸ごと奪っていった。  「お前には風情というものがないのか、風情が」  「やったー!僕の勝ちですね!負けたナツキさんは後始末をよろしくお願いします!」  そう言うと、カナは俺を残して一目散にアパートの階段を駆け上がって行った。  別れの時が近づいていて、感傷的な気持ちになりたくなかったんだということが、今だったらわかる。
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