夏の音が聞こえる

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 もしかしたら、「やっぱりもうちょっとだけいようかなと思って」なんて言いながらカナが戻ってきたのかもしれない。そんな期待を胸に、俺は急いで玄関の扉を開けた。  「こんにちは。突然すみません。カナくんいますか?」  俺の目の前に現れたのは、黒髪セミロングの綺麗なお姉さんだった。正直ストライクゾーンど真ん中だが、カナのことを知っているということは、まさかこの人もセミの一派なのだろうか。俺が怪訝な顔をしているとお姉さんは慌てたように付け足した。  「私、隣に住んでる高梨です」  ということは、この人が隣に住んでる美人のお姉さんか。引っ越してきた時、俺は意を決して隣人に挨拶に行った。しかし、不在だったのでコミュニケーション能力に難のある俺は、挨拶の手紙とお菓子をドアノブに引っ掛けて帰ってきてしまったのだ。  「あなたがお隣の。かき氷機ですよね、すみません。今日中に返しに行こうと思ってたんです」  「いえ、そんなのいいんです!昨日カナくんがおいしそうって言ってた珍しいかき氷シロップが売ってたので、どうかなと思って」  高梨さんは手に提げたビニール袋を見せながら、にこりと微笑んだ。玄関前で会話した程度の初対面の子に対してなんて良い人なんだ高梨さん。天使かな?と俺は思った。  「わざわざありがとうございます。でも、カナはもう帰ってしまったんです。折角来て頂いたのにすみません……」  「あら、そうなんですね。それは残念です。カナくん親戚のお子さんなんですってね。可愛い男の子ですよね」  どういうことだ、少し喋っただけのお隣さんすらカナを男だと認識しているぞ。カナを女の子と思っていたのは俺だけか?俺だけなのか?俺は「そうなんですよねハハハ」と返すことしかできなかった。  「カナくん言ってましたよ。夏木さんはいい歳して人見知りだしちょっと捻くれたところもあるけど、本当は皆と仲良くしたいんだって。それに、ああ見えて優しいからって。自分が帰った後もよろしくって頼まれちゃいました。可愛くて、良い子ですね」  そう言いながら高梨さんはにこにこしていた。
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