夏の音が聞こえる

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 「間に合ってます」  怖い。怖すぎる。春先でもあるまいに、変な人が家を訪ねてきた。しかもセミって。いくら夏だからってセミをチョイスするかね。虫だぞ。  「驚かせてしまってすみません!でも本当にセミなんです!ほら、昨日僕が道路で動けなくなっていたところを助けて頂きましたよね!?あの時のセミです!」  確かに俺は昨日道路のど真ん中で仰向けになってじっとしていたセミを道の端っこに寄せた。死にかけていると思っていたがまだこうして生きていたとは……!じゃなくてセミが人間の姿をして現れるなんてにわかには信じがたい。  「あれだろ?どうせ昨日たまたま俺がセミを寄せるところ見てたとかそんなんだろ?そんでなんやかんや理由をつけて最終的に俺に壺を売りつけるんだろ?お引き取り下さい」  「壺……?がなんのことかわかりませんが、証拠をお見せしましょう!この扉を開けて下さい!もし開けてくれないのなら……僕、鳴きます!」  ジィィィィィィィィ   扉一枚挟んだ向こう側からセミの鳴き声が大音量で聞こえる。この音量は明らかにすぐそこで鳴いている音だった。いやいやそんなまさか、と思いながら扉を開ける。そこには昨日助けたはずのセミが……!などとそんな見分けがつくはずがないけれど、確かに扉には一匹のセミが張り付いていた。  いよいよ暑さでおかしくなってしまったのかもしれない。水を飲もう。あと塩を舐めよう。  「少しは信じる気になりましたか?」  再び閉めた扉の向こうから女の子の声が聞こえる。恐る恐る扉を開けた俺に向かって女の子が得意げに微笑んだ。  「それでは約束通り証拠をお見せします」   そう言いながら女の子はずけずけと俺の家に上がり込んでくる。  「ちょっと待って、証拠ってなんだよ。ていうか勝手に人の家に上がるなよ」  「論より証拠ですよ。今から目の前でセミの姿に戻って見せましょう!ただし、一度姿を変えるごとに僕の短い寿命がめちゃくちゃ減ります」  「えっいいよそんなの……セミになられても気持ち悪いし……」  「今流行りの擬人化ですよ?萌えませんか?」  「いやセミだし……腹側とか気持ち悪いし……」  「そうですか……信じてもらえるのであればなんでもいいですけど。もうお分かりかもしれませんが、僕はあなたに恩返しをしに来たのです!」  セミの恩返しなんて聞いたことがない、塩を舐めながらそう思った。
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