夏の音が聞こえる

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 「恩返し……と言っても出来ることは限られていますが、何かしてほしいことはありませんか!?」  そう言って、セミ娘は大きな瞳をくりくりさせた。  「してほしいことって言われても……お金が欲しいとか宝くじ当てたいとかそういうことはできないんだろ?」  「そうですねえ。残念ながらセミなので……」  「じゃあ当然恋人がほしいとかそういう願いも叶えられないよな?」  「そうですねえ。残念ながらセミなので……」  みるみるうちに表情が曇っていくセミ娘を見ているとなんだか不憫になってきた。  「別にいいよ恩返しなんて。確かセミって寿命が一週間しかないんだろ?こんなところで油売ってないで、もっと他にやるべきことがあるんじゃないのか?」 俺がそう言うと、セミ娘は食い下がるように口を開いた。  「いえ!あのまま鳥に捕食されるか車に轢かれるかして死ぬ可能性が高かった僕を助けてくれたのはあなたです!あなたに助けて頂いた時、僕は神様にお願いしたんです。僕は長く生きられなくていいのでどうか僕を人間にして下さい、そしてあの人に恩返しをさせて下さいって。そうしたら寿命と引き換えにこんな姿になりました」  あの時セミを助けたのも助けたなんて大層なものじゃなく、車に轢かれてぺしゃんこになったセミを見たくない、ただそれだけだった。それなのに、ここまで言われてしまっては無碍にすることもできない。  「……わかった、じゃあ何か夏らしいことするのに付き合ってよ。俺暗いから大学に友達もいないしさ」  ぼそっと呟いたその言葉に、セミ娘はパッと表情を輝かせた。  夏休みだからってどいつもこいつも浮かれやがって、なんて思っているけれど、素直に認めよう。半分は遊びに出かける友達のいない俺の嫉妬だ。俺だって本当は友達と夏休みをエンジョイしたいのだ。  直後、セミ娘は何か言いたげにもじもじとしていた。俺はセミ娘に声をかける。  「何?まだ何かあんの?」  「あー、言い忘れましたがセミの成虫は一週間しか生きられないっていうのは嘘ですよ。本当は三週間くらいは生きられます」  そう言ったセミ娘は不自然さ丸出しだった。これ、絶対にわざと言わなかったよな?そりゃまあ短いことに変わりわないけれど、一週間の命と儚んだ俺の気持ちを少しでいいから返してほしい。
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