2.君のこと、ずっと気になってたんだよ

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2.君のこと、ずっと気になってたんだよ

 「音楽の日」を引き受けた翌日、珍しくお客様が来た。カミさんが応接に案内した中年女性は、見覚えがある。オーディション番組をやってた頃の合格者は、そのほとんどが心のカメラで撮った印象として残っている。そう、曜子、前野曜子だ、この子は。  「先生、ご無沙汰しております。覚えていらっしゃいますか?」  「曜子ちゃん。当たり前だよ。デビュー曲、俺が書いたんだから。」  「はい、売れなかったですけどね。」  「ごめんな。俺、あの頃ちょっとスランプだったんだよ。」  「いいえ、先生の詞は素晴らしかったです。事務所の売り出し方が良くなくて。」  「それはそうと、お前さん、あれからどうしてたんだい?」  「キャバレーで歌ったりしてたんですけど、今じゃスナックのママやってます。」  「そうかい。あれから、ずっと気になってたんだよ。」  「まぁ、嬉しい。じゃぁ、一つだけお願い事していいですか?」  「なんだい?こんな老人にできることなら。」  「わたしに、もう一度作詞していただけませんでしょうか?」  「うゎぁ、ビックリした。最近オファー無かったからな。」  「秋元順子さん、オバサンになってから売れたじゃないですか。」  「あぁ、知ってるよ。」  「或るレコード会社のプロデューサーが、わたしも再デビューしてみないかって。」  「あぁ、そりやいいね。いいよ、書くよ。」  曜子は、相好を崩して喜んだ。歳を取っても、人様の役に立つことができるのって、なんて幸せなことだろう。作詞家していて良かった。さっそく、俺は、取材を始める。  「ところで、あんた、幾つになった? 女性に歳訊くっていけないらしいけど。」  「54です。」  「そうかい。ということは、あの時14か。」  「はい。先生、歌い終わった後のコメントで『目が気になる。大人の目だ。』って。」  「そんなこと言ったっけかなぁ。あの選考会で一番君に惹かれたんだよ、俺。」  「ウチの事務所、先生の見立ては間違いないって、すっごく期待して。」  「へぇ。」  「15のデビューなのに、いきなりセクシー路線で。」  「俺の詞もそっち系にしてください、って頼まれたな、確か。」  遠くを見るような目をして曜子は昔を思い出しているようだった。少女の頃よりふっくらして、今じゃセクシー路線行けるんじゃないか、と無責任にも俺は思った。いい女だな、こいつ。  
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