3.街道筋のドライブインで、俺は

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3.街道筋のドライブインで、俺は

 「ちょっと出かけてくる。」と妻に言うと、「スマホ持って行ってくださいね。」と念を押された。「はい、はい。わかってるよ。」と尻のポケットを確かめる。  妻が心配するのも仕方がない。俺は、半年くらい前、愛車でドライブに出かけて、自分がどこへ行こうとしているのか、今どこを走っているのか、わからなくなってしまった。取り敢えず街道筋のドライブイン・レストランに車を停め、中に入ると、いつの時代だよっていうブラウン管のテレビが棚に載っていて、プラスティックでできた観葉植物風の鉢植えが仕切りのように並べてあって、なんだか昔風の店内だった。  エプロンをかけたマスターらしき男が透明なビニールカバーの手書きメニューを持ってきて、「ご注文は?」と訊くので、「ブレンド」と注文すると、「ホット一つですね。」と返す。これまた古臭い言い回しだ。  何気についていたテレビを見ると、日曜日の朝遅い時間らしく、歌のオーディション番組をやっていた。あれ、待てよ。おかしいな、復活するって聞いてないぞ。  リボンを結んだ若い娘が必死で「私の青い鳥」を歌っているが、パッとしない子で、会場も盛り上がっていないし、ちらちら映る審査員たちも強面でただ聞いているだけだ。だいたい歌の選び方がよくないよ。桜田淳子と比べられてどうする?「クック クック」って童謡みたいじゃないか。お母さんにでも教えてもらったんだろうけど、この曲。  そのうち歌が終わり、コメディアンの司会者が審査員を指名する。  「真知さん、どうでしょう?」  俺?俺が出てるの?画面の中の俺は目を見開きながら、「いやぁ、まいったよ。若い頃の淳子ちゃん、思い出しちゃったよ。君は、素朴な中にキラリと光るものがある。それをこれからも大事にしていって欲しい。」とコメントする。  おい、こんな下手糞な歌、なんで褒めてるんだ、しっかりしろ、俺。声を出しそうになって止める。これは何かの間違いだ。「ドッキリ番組」か何かか?  それにしても、酷いな俺。なんでもない素人娘に多大な夢と希望を持たせるようなことを言って、罪深いぞ。その気にさせて化ける子もいるにはいるが、大抵は輝きもせずに消えていく。テレビって怖いな。俺のコメントで、この子合格しちゃうかもしれないんだから。やばいよ。なんてあれこれ思っているうちに、目がくらくらしてきて、気分が悪くなって、俺はその場で気を失って倒れた。
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