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(それにしても、遅い……遅すぎる……)
携帯の時計を確認してため息を吐く。
彼を待ち始めて二十分くらいは経っただろうか。
いい加減、放って帰ってもいい気がしてくる。
花乃子は地面の小石を蹴りながら、深いため息を吐いた。
(サッカーボールをぶつけられるなんて…。まるで相澤君とのチャンスを蹴り飛ばして、そのままバカだなって、自分に返ってきたみたい)
えいっ、と石ころを思いっ切り蹴り飛ばす。
それは地面をコロコロと転がって、誰かの大きなスニーカーにポツンとぶつかって止まった。
ハッとして顔を上げると、そこにいたのは例の男子だった。
走って来たのか、息をきらせていた。
「ご、ごめん!先輩に締められてた…!」
「先輩?」と首を傾げると、彼は苦笑しながら言った。
「あー、気にしないで。じゃ行こっか。家は?」
「隣町……です」
「電車?」
「はい」
「俺自転車だから、家まで乗っけてあげる」
「ありが……え!?」
彼はスタスタと駐輪場へ向かう。
花乃子は慌ててその後を追いかけた。
「えっと、自転車の二人乗りは交通違反じゃ…」
「バレなきゃヘーキだろ。ほら、乗って」
彼は前カゴに大きなスポーツバッグを乗せると、手際よく荷台にタオルを巻いて花乃子を手招きした。
まごついていると、「ほら、早く」と手に持っていたレジ袋を奪われ、背中を押される。
戸惑いながら渋々自転車をまたいで荷台に腰を下ろした。
「よし、乗ったな。じゃ、しゅっぱーつ」
「はわわわわ…!」
初めての二人乗りに、掴む所がわからずパニックに陥る。
自転車を漕ぎだしていた彼は笑いながら花乃子の手を取ると、自分の脇腹の服を掴ませた。
「ここ持ってて」
「はいぃ…!」
シャーッと、勢い良く自転車が地面を転がって行く。
昇降口を出る前に教師に気付かれ、後ろから「コラー!」と言う叫び声が聞こえたが、彼は気にせず鼻歌を歌いながら自転車を走らせた。
シャンプーの匂いだろうか、風に乗って彼の甘いミントの香りが漂ってくる。
目の前の広い背中を、花乃子はじぃっと見つめた。
(男の子って、近くで見ると大きいんだなぁ…)
話した事も、見たこともない男子と、自転車の二人乗りをしているのが信じられなかった。
どこか現実味がなく、まるでこの空間だけ切り取られているように感じる。
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