第1話 小指の糸

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(それにしても、遅い……遅すぎる……) 携帯の時計を確認してため息を吐く。 彼を待ち始めて二十分くらいは経っただろうか。 いい加減、放って帰ってもいい気がしてくる。 花乃子は地面の小石を蹴りながら、深いため息を吐いた。 (サッカーボールをぶつけられるなんて…。まるで相澤君とのチャンスを蹴り飛ばして、そのままバカだなって、自分に返ってきたみたい) えいっ、と石ころを思いっ切り蹴り飛ばす。 それは地面をコロコロと転がって、誰かの大きなスニーカーにポツンとぶつかって止まった。 ハッとして顔を上げると、そこにいたのは例の男子だった。 走って来たのか、息をきらせていた。 「ご、ごめん!先輩に締められてた…!」 「先輩?」と首を傾げると、彼は苦笑しながら言った。 「あー、気にしないで。じゃ行こっか。家は?」 「隣町……です」 「電車?」 「はい」 「俺自転車だから、家まで乗っけてあげる」 「ありが……え!?」 彼はスタスタと駐輪場へ向かう。 花乃子は慌ててその後を追いかけた。 「えっと、自転車の二人乗りは交通違反じゃ…」 「バレなきゃヘーキだろ。ほら、乗って」 彼は前カゴに大きなスポーツバッグを乗せると、手際よく荷台にタオルを巻いて花乃子を手招きした。 まごついていると、「ほら、早く」と手に持っていたレジ袋を奪われ、背中を押される。 戸惑いながら渋々自転車をまたいで荷台に腰を下ろした。 「よし、乗ったな。じゃ、しゅっぱーつ」 「はわわわわ…!」 初めての二人乗りに、掴む所がわからずパニックに陥る。 自転車を漕ぎだしていた彼は笑いながら花乃子の手を取ると、自分の脇腹の服を掴ませた。 「ここ持ってて」 「はいぃ…!」 シャーッと、勢い良く自転車が地面を転がって行く。 昇降口を出る前に教師に気付かれ、後ろから「コラー!」と言う叫び声が聞こえたが、彼は気にせず鼻歌を歌いながら自転車を走らせた。 シャンプーの匂いだろうか、風に乗って彼の甘いミントの香りが漂ってくる。 目の前の広い背中を、花乃子はじぃっと見つめた。 (男の子って、近くで見ると大きいんだなぁ…) 話した事も、見たこともない男子と、自転車の二人乗りをしているのが信じられなかった。 どこか現実味がなく、まるでこの空間だけ切り取られているように感じる。
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