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「あ、やっぱり怒ってる?」
花乃子は思わずバキッとシャープペンシルの芯を折ってしまう。
呑気な彼に、苛立ちが治まらなかった。
「花蜜くん、私の言ってること理解してない」
「え?」
花乃子ははぁと大きく息を吐くと、冷静に言った。
「縁って言うのは、凄く強いもので、切りたい縁なら強い力と想いが必要なの。私には、好きな人がいる。だから、運命に決められた人とは……つまり、花蜜くんとは結ばれたくない。花蜜くんだって、好きな人いるんだよね?」
花蜜は「うん」と素直に頷く。
そしてこれまた、呑気に言った。
「そ、好きな人いるよ。だから、渡瀬さんもそこまで警戒しないで安心してよ」
「安心って……」
困惑する花乃子に対し、花蜜は意外にも真剣な顔をして言った。
「そう、大丈夫だって。たぶん、俺が彼女以外の人を好きになることはないし、渡瀬さんだって、俺を好きになるのは絶対ないと思う。運命の相手を切ってまで、手に入れたい人なんだろ?」
「うん……」
「なら大丈夫だって。お互い強い想いを持ってたら、運命の糸?なんてもんは、簡単に切れるって。な?」
どこか説得力のある彼の言葉に、花乃子は何となく納得してしまった。
戸惑ったのち、「うん…」と頷いてしまう。
花蜜は「よし」と頷くと、花乃子の手からプリントを奪った。
「じゃ、俺が手伝うの許してね。こんなの一人でやってたら昼休みまでに終わらないだろ」
「あ、ありがとう……」
「ん」
花蜜が、顔に似合わずゴツゴツとした大きな手で文字を書いていく。
汚い字だなぁ、と思いながら、花乃子はその様をじぃっと眺めた。
そんな花乃子に、花蜜はペンを走らせながら言った。
「ま、一組と六組だし、これからそうそう関わることもないだろ。渡瀬さんが安心出来るように、俺も気を付けるからさ。ただ、こういう仕事の時くらいは、話しかけるぐらいは許してよ」
「う、うん……」
「ま、これも一応ありがたい縁な訳だし。他人とまでは行かずに、顔見知りの人ってことで」
花蜜が顔を上げてニッと笑う。
人を惹きつける力のある、魅力的な笑顔だと、花乃子はぼんやりと思った。
(だからって、好きにはならないけどね)
◇ ◇ ◇
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