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隣の席の川田がビクッと驚いていたが、気にしない。
(どうだろう、出来るかな……。いや、出来ないとだめだ。だって、糸は切れる時もあるんだから。そうだよ、その時は全力で話しかけるよ、うん)
授業中であるにも関わらず、花乃子は妄想の世界で相澤愁と遊ぶ。
そうこうしている内に授業は終わり、昼休みになっていた。
「花乃子ー、今日のお昼さぁ、部でミーティングがあるからそこで食べるね。花乃子はどうする?」
ガヤガヤと生徒達が賑わう中、郁美がそう言って声をかけてきた。
花乃子はリュックからお弁当を取り出す。
「私、中庭で食べるよ」
「了解。ミーティング終わったら連絡するよ」
「うん、行ってらっしゃい」
花乃子は郁美を送り出すと、自身もいそいそと中庭へ急いだ。
お気に入りのベンチに座り、綺麗な花壇を前にお弁当を広げる。
お弁当といっても、節約のため、大きめに握ってきた塩おむすびを風呂敷に包んできたものだ。
さすがにこれを教室で広げる勇気はなかった。
水筒のお茶を用意し、「さてと」とおにぎりを頬張る。
すると、隣のベンチからぷっ、と吹き出す声が聞こえてきた。
ビックリしてそちらに目をやると、こちらを見てクスクスと笑っている男子がいた。
彼の顔をじっくりと認めた瞬間、花乃子は驚きのあまりピシリと固まってしまった。
(う、うそ……)
そこにいたのは、花乃子の憧れの存在、相澤愁だった。
サラサラの髪に、長いまつ毛、綺麗な肌、そして冷たさを感じる程に整った顔立ち。
まぎれもなく、それは相澤愁だった。
相澤愁はベンチに座ったまま花乃子のおにぎりを見つめると、また笑った。
「なんか、武士みたいなお昼ご飯だね」
固まりながらも、初めて聞く彼の声に心が舞い上がる。
武士みたいだと揶揄されているが、そんな事すら気にならない。
いや、気にするべきなのだろうが、話しかけられたと言う事実を受け止めるだけで手一杯だった。
「あ、や、あはははは」
心臓がドキドキとし、顔が熱くなる。
上手く話せず、挙動不審に陥って笑うしか出来なかった。
そもそも、クラスの男子とまともに話したことさえない花乃子にとって、憧れの男子と話すのは自身の持つキャパシティを大幅にこえてしまっていた。
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