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身内の失態を言うのは、死ぬ程恥ずかしい。
「あらー。それは困ったわね。お母さんは?」
花乃子はまたも口ごもる。
チラリと彼を見て、(なんでまだいるんだろう)と邪魔に思いつつ言った。
「えっと、ウチは離婚してて、母はいません」
「あらー、じゃあ他のご家族は?」
「中学生の妹と小学生の弟がいます」
「なら迎えは無理ね…」
何とも気まずい空気が流れる。
すると、それまで黙って聞いていた彼が呑気に言った。
「あ、じゃあ自分が送りますよ。彼女がこうなったのも俺のせいだし」
保健師がバシッと彼の肩を叩く。
「ほんとよ、まったくもう。女の子にサッカーボールぶつけるとかどう言うつもり?しかも顔に」
「やー、マジですみません。漫画の真似してたらやらかしました」
「中庭でボール使うのは禁止でしょ?まったく、放課後まで待てないの!?それに、渡瀬さんの顔に傷でも作ってたらどうしてたの。あなたちゃんと責任とれるの!?」
「とりますとります、ちゃんと嫁にしますんで」
「バカもの!」
「いて!」
彼が頭を叩かれる様子を、花乃子はただただ困惑しながら見ていた。
こういうお調子者の男子に関わるのは、正直かなり苦手だ。
送ってもらうと言う話に向かっているので、それだけは何としても阻止しなければと思った。
「あ、あの、私、大丈夫なので、一人で帰れます」
ギャーギャーと騒いでいた保健師と彼が一瞬で静かになる。
花乃子はギュッとジャージの裾を握り締めると、急いで二人の間を塗ってその場から立ち去ろうとした。
「あ、こら待ちなさい」
保健師の制止をどうしようか考えるよりも先に、ゴツゴツとした大きな手が花乃子の腕を掴んでいた。
「こらこら、このまま一人で帰らせるとか無理だから。俺が送るから、ここでちゃんと待ってて」
振り返って彼を見上げると、先程までの呑気な顔は也をひそめ、真剣な顔でこちらを見ている男子がそこにいた。
ビックリして、花乃子は思わずそのまま頷いてしまったのだった。
昇降口で待ってて、と言うので、濡れそぼった制服が入ったレジ袋とリュックを背負い、花乃子は一人で時間を持て余していた。
このまま黙って帰ろうか、と考えたが、送ると言って頷いてしまった手前、彼を無視して帰るのは悪い気がして、なんとか思いとどまって今に至るのだった。
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