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一仕事終えたあと、俺は煙草を吸うことにしている。昂りを抑えるためだ。それ以外に理由はない。ただ、アメリカンスピリットしか吸ったことがない。拘りと言うには少し憚られる。気に入っているわけでもないんだ。
仕事とはいえ、九十九里まで来ることになるとは思わなかった。依頼は断らないことにしているとはいえ、面倒なことだ。車に背を預けて、煙に別の物も混ぜて吐きだした。息が凍るにはまだ早い。その先に見えるのは、黒い天井に穴をあけたような小さな光。波の音が少しうるさいのは、辺りが静かだから。
後始末は業者に任せたから、もうすでに終わっていることだろう。今何時だ。……ああ、今日はこれをしてきたんだったか。
腕時計に拘りはない。いや、腕時計だけじゃなく、俺に拘りはない。いや、なかったんだ。思えば、最近はこればかりをしている気がするし、煙草だって、ずっとこれだ。
えらく感傷的になってしまっているのは、海なんか見てしまったからか、波の音が何かを運んできたからか。そんなロマンチシズムが、俺にまだ残っていたとは驚きだ。
吸い終えた煙草の火を消して、車に乗り込む。このまま帰ってもいいが、こんな気持ちに次いつなるか分からない。味わえる時に味わっておくのも、悪くない。
煙草を一本取り出して、腕時計と一緒に箱とライターを助手席に座らせる。少し付き合ってくれよ。横浜までだ、道さえ空いてれば、二時間もかからない。飛ばせば一時間でいけるが、わかってる。安全運転、だろ?
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