何度でも思い出せるなら

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 職場を出ると、むっとした空気が俺を包んだ。夕方になってもまだ暑い。  ちょうど周りのオフィスも勤務時間が終わったところなので、会社前の歩道は人通りが多い。  いつもと同じように地下鉄の駅へと歩き出す。たまには一人で飲んでいこうか、などと思う。だが、子どもと一緒に待っている妻のことを思うとなんだかそれも躊躇ってしまう。  幸せなのに不自由を感じるなんておかしな話だ。  ふと、目の前の女性の後ろ姿が目に入る。  スーツの群れに紛れた、夏らしいさわやかなワンピース。デートの帰りだろうか、それとも、今から待ち合わせだったりするのだろうか。  うちの妻も前はあんな格好をよくしていた。二人でデートしたときのことを思い出す。そんなことをしたのは、もう、ずっと昔の話な気がする。  妻は最近動きやすい服ばかりで、あんな可愛い服を着ることは無い。子どもを連れて動くのにはちょうどいい、なんて言っていた。  仕方ないとは思う。  だけど、あの頃に戻りたいと、少しだけ思う。  ワンピースの女性の、相手の男が羨ましい。その男も、いつか今の俺と同じような気持ちを味わうのだろうか。
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