5.みんなの笑顔

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5.みんなの笑顔

 ケータリングのカレーを食べ終え撮影スタジオに戻ると、一足先に戻っていた晴夜が、パイプ椅子に座ってゆらゆらと揺れていた。前に廻って見ると、目は瞑っている。食後の昼寝といったところだろうか。今まで寝顔など見せたことはなかったが、早朝からスタジオに缶詰めなので、疲れるのも無理はない。晴夜の様子を嗅ぎつけたのか、メイキングカメラも寄ってくる。 「あら、寝てますね。これはかなり珍しいんじゃないでしょうか。いつも仏頂面しか見せてないんでね」  今日は仲の良さを演じると晴夜には伝えたが、たまには真実も入れないと嘘っぽくなってしまう。嘘もほどほどがいいだろう。 「普段はどうなんですか?」 「普段も一緒ですよ。全然笑わないんです。ずーっとむすっとしてて。警戒心の強い小動物みたいな」  そもそも感情の波が激しくない性格なのだろう。出会ってから3ヶ月経つが、まだ笑顔を確認できていない。返事も春のコンサート以降は一言二言しかなかった。大した会話もしていないが、それは伏せておく。 「アイドルとしてどうなんだって言いますけど、やっぱ難しいですよね。でも、急にアイドルやれって言われて新しい世界に飛び込める勇気はとてもかっこいいなと思いますよ。ダンスだってめちゃくちゃ上手いし、尊敬できるところもありますね」  仲は決して良くないが、晴夜のダンスや歌の技術、立っているだけで華がある姿には憧れを抱いている部分もある。本人に面と向かって言うのは恥ずかしさや嫉妬心もあってなかなか言えないが、こういう形でなら言えた。しかし、見られる時を思うとやはり恥ずかしくなってくる。 「絶対俺にこんなところ見せないのに、かなり疲れてますね」  もぞりと晴夜が動き出す。思わず少し距離を取る。聞かれていただろうか。まだ聞かないでほしい、そんなことを光は心の中で願った。
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