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「やあ。雅人くん。楽しそうだね」
雅人は、いっきに血の気がひいた。頭のてっぺんから滝下りの激流のように、つまさきまで血液が流れ落ちたような気分だ。
「いい子だねぇ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかなぁ?」
雅人はまわりをキョロキョロするが、自分たち以外、人影は見あたらない。
圭介の手をふりきって逃げようとしたが、圭介は雅人をにらみながら、ガッチリ、二の腕をつかんでくる。
「なんで怖がるのかなぁ? おかしいなぁ。もしかして、怖がる理由があるのかな? ねえ、雅人くん。おまえさぁ、前にこの神社の神木のところでさ。なんか見たんじゃないの?」
「な……なんにも……」
なんとか答えようとするものの、歯の根があわない。ありえないくらいカチカチと歯が鳴った。
それを見た圭介の表情がけわしくなる。
「やっぱり、見てたんだな」
そう言うと、雅人の手をひっぱり、どこかへつれていく。
「は……離してよぉ。な、なんにも見てないよぉ」
ガマンできなくなって、雅人は泣きだした。わあわあ泣きわめくが誰も助けにやってこない。祭りばやしの音で泣き声がかきけされているのだろうか。いや、そもそも、声が聞こえるほど近くに人がいないのか。
お社が、どんどん遠くなり、まわりに木が増えていく。
雅人はゾッとした。
圭介が自分をどこにつれていこうとしているのか、気づいたからだ。
あのご神木だ。
蝉じいさんの死体を埋めた場所へむかっているのだ。
(僕を殺す気だ!)
雅人は泣きながら、なんとか抵抗しようとした。
でも、子どもの力では、圭介の手をふりきることも、ひっぱられていく足をふみとどまることさえできなかった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。誰にも言いません。だから、殺さないで」と、懇願することしかできない。
だが、圭介はもともと子どもをなぐるような大人だ。
泣きわめく雅人をひきずっていくのがめんどくさくなったのか、なんのちゅうちょもなく、両手を雅人の首にまわしてきた。
のどがつまって、雅人は声をだすことすらできなくなった。すぐに息が苦しくなる。目がかすみ、意識がぼんやりしてくる。
このまま、殺されるんだ……。
そう思ったときだった。
青白い小さい光が、こっちへむかって飛んでくるのが見えた。
蛍だろうか?
それとも、人魂?
いや、蝉だ。
体が透きとおるように青く、うっすらと光っている。
でも、形は蝉だった。
なん……で、蝉が……?
蝉はまっすぐ、こっちに飛んでくる。
そして、ピタリと圭介のひたいにとまった。
「わッ」と叫んで、圭介はそれをふりはらおうとした。
しかし、その瞬間、蝉の青白い体が、まるで溶けるように圭介のひたいのなかに消えていった。
しばらくのあいだ、圭介のおでこが青く光っていた。
そのあいだ、圭介は苦しみもがいた。
そして、とつぜん、平常にもどった。
無表情なおもては、どこか、うつろだ。
雅人には、なんの興味も持たなくなったように、圭介は去っていった。
そのあと、しばらく雅人は気を失っていた。
気がつくと、一人で林のなかに倒れていた。
みんなのところに帰ると、花火は終わっていた。
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