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翌日。
予定どおり、雅人は両親とともに自宅に帰ることになった。朝早く、父の車に乗りこもうとしていると、誰かが近づいてきた。
「おはようございます」と、さわやかに笑って、あいさつしてくる。
二十代の若い男だ。今風の塩顔イケメン。ちょっと古風な顔つきだが、とてもカッコイイ。
誰だろう?
近所の人だろうか?
雅人の両親もごくふつうに「おはよう」と返している。
青年はほほえみながら、雅人の頭に手をのせた。
「やあ、雅人くん。ありがとうね。君のおかげで助かったよ」
雅人はまったく知らない人から親しげに話しかけられて戸惑った。
いったい、この人は誰だろうか?
ありがとうって、なんのことだろう?
「あ、あの……誰?」
思いきってたずねると、青年は笑った。
「やだなぁ。滝川圭介だよ。前に蝉のサナギをあげただろ?」
違う。蝉のサナギをくれたのは、蝉じいさんだ。
それに……。
この人は滝川圭介じゃない。
なぜ、みんな、そのことに気づかないのだろうか?
顔がぜんぜん別人なのに。
でも、よく見ると、誰かに似ている気がする。見ためというより、その優しい笑いかたが。
雅人は目の前で笑っている青年と、両親や、見送りに外まで出てきている祖父母を見くらべた。誰も不審に思っているようすはない。
祖父なんて、「やぁ、圭介くん。こんなに朝早く、どこか行くのかね?」なんて、あたりまえのようすで話している。
雅人は困りきって、みんなにあわせて笑った。
きっと、とてもひきつった表情になっているだろうと考えながら。
「じゃあね。雅人くん。夏になったら、また遊びにおいで」
青年はそう言って、手をふった。
車が発進する瞬間、雅人は気がついた。
その笑顔が誰のものなのか。
(あっ! 蝉じいさん!)
そうか。昨日の晩、飛んできた蝉は、蝉じいさんだったんだ。
雅人の脳裏に、なぜだかわからないけど、蝉の羽化の瞬間が思い浮かんだ。脱皮して違う生き物のようになった蝉の姿が……。
雅人は車の窓をあけて、大きく手をふりかえした。
「バイバイ! また来年!」
来年の夏が楽しみだ。
きっと、今年より、おもしろい。
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