蝉じいさん

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 *  翌日。  予定どおり、雅人は両親とともに自宅に帰ることになった。朝早く、父の車に乗りこもうとしていると、誰かが近づいてきた。 「おはようございます」と、さわやかに笑って、あいさつしてくる。  二十代の若い男だ。今風の塩顔イケメン。ちょっと古風な顔つきだが、とてもカッコイイ。  誰だろう?  近所の人だろうか?  雅人の両親もごくふつうに「おはよう」と返している。  青年はほほえみながら、雅人の頭に手をのせた。 「やあ、雅人くん。ありがとうね。君のおかげで助かったよ」  雅人はまったく知らない人から親しげに話しかけられて戸惑った。  いったい、この人は誰だろうか?  ありがとうって、なんのことだろう? 「あ、あの……誰?」  思いきってたずねると、青年は笑った。 「やだなぁ。滝川圭介だよ。前に蝉のサナギをあげただろ?」  違う。蝉のサナギをくれたのは、蝉じいさんだ。  それに……。  この人は滝川圭介じゃない。  なぜ、みんな、そのことに気づかないのだろうか?  顔がぜんぜん別人なのに。  でも、よく見ると、誰かに似ている気がする。見ためというより、その優しい笑いかたが。  雅人は目の前で笑っている青年と、両親や、見送りに外まで出てきている祖父母を見くらべた。誰も不審に思っているようすはない。  祖父なんて、「やぁ、圭介くん。こんなに朝早く、どこか行くのかね?」なんて、あたりまえのようすで話している。  雅人は困りきって、みんなにあわせて笑った。  きっと、とてもひきつった表情になっているだろうと考えながら。 「じゃあね。雅人くん。夏になったら、また遊びにおいで」  青年はそう言って、手をふった。  車が発進する瞬間、雅人は気がついた。  その笑顔が誰のものなのか。 (あっ! 蝉じいさん!)  そうか。昨日の晩、飛んできた蝉は、蝉じいさんだったんだ。  雅人の脳裏に、なぜだかわからないけど、蝉の羽化の瞬間が思い浮かんだ。脱皮して違う生き物のようになった蝉の姿が……。  雅人は車の窓をあけて、大きく手をふりかえした。 「バイバイ! また来年!」  来年の夏が楽しみだ。  きっと、今年より、おもしろい。
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