本編

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 涼やかな風が頬をなぜた。  風に乗ってどこからか笛の音が聞こえるような気がした。  仲夏の夕べである。  彼は淡い光をともす街灯の下に立って、昼と夜が出会う様子を見るともなく眺めていた。空にはまだ夕日があって明るいのだが、地にはすでに薄闇が広がりつつある。光と闇が混ざりあってゆらめいて、世界の始まりはきっとこんな風ではなかったかと、ついそんなことを考えてしまうような幻想的な雰囲気であった。 ――随分ゆっくりしてるな。  彼は微苦笑を浮かべながら、視線を巡らせた。今立っている街灯のすぐそばに三階建ての、まるでヨーロッパの城を小さくしたようなアパートがあって、そのニ階の一室が彼の部屋だった。その部屋には灯りがともっており、カーテン越しに影など映りはしなかったけれど、そこに人がいることは分かっていた。彼はしばらく窓を眺めていた。そのように下から部屋をぼおっと眺めていると、バルコニーにジュリエットが現れるのを待ち望むロミオのような気持ちである。彼の気持ちもロミオに劣るところでは無いが、ロミオと違うのは、彼は既に彼のジュリエットと結婚しているということだった。     
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