本編

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 一年前のことである。大学を卒業して一年経ち仕事にも慣れた彼は二十三歳で結婚した。相手も同い年である。彼女は中学校から付き合っていた子であり、高校・大学と愛を育んだ。育んだというよりは勝手に育った。そうして、大学三年のとき同棲を始め、そのまま結婚するまで三年の間一緒に暮らしていた。同棲を続けたことが結婚することに大きな影響を与えたということは全然なくて、彼の中では彼女と一緒にいることはごく自然なことになっており、そもそも結婚すること自体が格別の意味を持たなかった。 「生まれる前から一緒にいた気がする」  というのは遠い昔に彼が彼女に言った言葉である。今はそんなこと口が裂けても言えない。気恥ずかしいということではなく、こんなことを言ったが最後、彼女が調子に乗ることが目に見えているからだ。彼は彼女のことを大切に思ってはいるが、そのことと彼女の増長を許すこととは話が別なのである。  結婚生活は順調だった。同棲生活の延長線上のようなものなので、それまでの三年間と同じようにしていれば良いだけなのだから話は簡単だ。ただ一つ閉口するのは、人に彼女のことを「妻です」と紹介しなければいけないときだった。「妻」という言葉に、夫のものというニュアンスを感じる彼は、彼女は彼女であって自分の付属物ではないという気持ちがあり、社会の約束ごととしてそう言わなければならないことは分かるにしてもどうにも違和感を覚えるのである。しかし、これをスムーズにやらないと彼女の機嫌が悪くなる。 「『妻』には、夫の付属物なんていう意味はありません。それに、わたし以外の他の方のことを『妻』とお呼びになりたいなら、いつでもそうおっしゃってください」     
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