本編

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 などと言われてしまう。そう言われてはどうしようもない。たゆまぬトレーニングの結果、最近では少しはなめらかに言うことができるようになってきていた。  彼は部屋の窓から目を離した。電気が消えた。  一緒の部屋に住んでいるわけだから出かける時は一緒に出るのが効率的である。そういう幼稚園児にも分かる理屈が彼女には分からない。これは同棲していた頃も同じだった。映画を観に行くにしても、外食するにしても、必ずどこかで待ち合わせをする。 「慣れ合いにならないようによ。常にデートの緊張感を感じてトキメキを失わないため」  とかなんとか言っていたが、これは怪しい。彼女には悪いけれど、そういう乙女チックなところは彼女には無いと彼は見ている。中学ニ年生のときに付き合い始めてから実に十年になって、その十年で彼女のことが隈なく分かったわけでは全然無いが、しかしその点だけは断言しても良いだろう。 「わたしを待つあなたを見たいの。待ってくれている人がいるっていうのは心弾むことだから」  こちらの方がまだしも真実に近いと思う。      
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