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そのうちに日も落ちて、開けた通りに出た。両脇にずらりと屋台が並んでいて、二本の光の帯を作っている。彼は一軒の屋台の暖簾をくぐると、イチゴ飴を一つ買った。イチゴ飴とはリンゴ飴の苺バージョンであると思ってもらえれば良い。苺に飴をからめた菓子である。彼はそれを彼女に手渡した。一緒に祭りに来るといつもねだられるので、先手を取ったというわけである。ねだるのは、イチゴ飴本来のおいしさの他に、なにやら苺の花言葉が関係しているらしいのだが、調べたことはない。今後も調べるつもりはない。実になったあとでも花だったときの言葉を受け継ぐのかどうか、それも定かではないが彼女が楽しんでいるのならそういうことで良いのだろう。
「『お菓子を食べているうちはうるさくなくていいな』とかって思ってるんでしょう?」
美味しそうに食べている横顔を微笑ましく見ていただけなのに、いわれのないことを言われて、しかし彼は落ち着いていた。このくらいはもう慣れっこである。
「幸い屋台はいくらでもあるからな。次は綿菓子でも食べるか?」
「わたしをずっとしゃべらせないつもりね。その手には乗らないわ」
「何か話したいことがあるのか。それは間違いなく、なにかしらオレへの不満だろ? 祭りの後でもいいんじゃないか?」
「そういうんじゃありません。もっと大事なことです」
「というと?」
「例えば、わたしがどんなにあなたのこと愛しているか、とか」
「それは十分に分かってるからいいよ」
そう言うと、まるでぶつけられるように体を寄せられて、彼は自分の失言を男らしく認めた。女性に愛を語らせることは男の器量である。
「よし、じゃあ、千にのぼる愛の言葉を語ってくれ。いくらでも聞くよ」
「それは例えです。そういうことを話したいって言っただけ」
「どうぞ」
「ちょっと時間をください、考えをまとめるから。……あ、たこ焼きが売ってるわ、レイ」
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