別れ話は唐突に

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蒸し暑く、申し訳程度に吹く風が余計に不快感を増す夜。 男と女は肩を並べて、少しでも涼を求めるように橋に向かって歩いていく。 街を分ける大きな川に架かる橋。 男はそこから眺める夜景がことのほか好きだった。 歩きながら二人は、先程までいた店の話しに興じる。 「で、結局今日の店はどうだった? 何か噂程でもなかったような」 「そう! わかる! 全てにおいていまいちだったよね。こだわりは分からないでもないけど」 「そうなんだよね。押しが強すぎだし、押してる割にはどうなのと」 「あと接客もね。強気過ぎでしょ」 二人のとりとめもない会話が途切れないうちに、橋の中程にさしかかった。 男は足を止めて、河口に広がる夜景に目をやる。 街の夜景が見えるわけではなく、化学工場プラントの点滅する光が、夜の川面に映り込んでいた。 「何でかわかんないけど、いつ見ても落ち着くんだよね。こっからの眺めは」 女は何を今さらという風に、 「知ってるよ。毎回ここには来るもんね」 と笑いながら男の側に肩を並べる。 暫く二人は静かに、幾分涼しげになった風を楽しむように佇んでいた。 車の通りはあるが、人通りはまったくなく、邪魔されることもなく、二人は互いの熱を感じている。 男は唐突に女に目をやり、語りかける。 「確か、中学位の時だっかな? すごい好きなCMがあってさ」 「いきなり昔話?」 女も男に顔を向けて答える。 男と女の目が合う。男ははにかんで続ける。 「まあ、聞いてよ。本当にはまってさあ」 女はしょうがないなあと促す。 「どこかの音楽専門学校のCMだったんだけどね、電車の中で乗務員が車内アナウンス風に言うんだよ」 男は咳払いをしてから、なるべく乗務員ぽい口調で真似をしだす。 「ご乗車ありがとうございます。間も無く終点三鷹。あー、どうせ忘れられるくらいなら、いっそ憎んで欲しかった。ああ、kiss me baby kiss me baby」 女は乗務員口調からのいきなりのセリフ読みに吹き出した。 「なにそれ! そんな面白いCMあったっけ?」 「だろ! 面白いでしょ! これにすごいはまってさあ。暫く頭から離れなかったんだよね」 男は自分で披露したにもかかわらず、無邪気に笑う。まるで当時に戻ったように。
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