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6時間よ、止まれ。キミはかわいいから。
「ただいまー。健人、まだ起きてるー?」
真夜中に帰ってきた由芽を俺は出迎える。
「おかえり」
「これ、今月の家賃と生活費ね」
由芽が俺に数万円を渡してくる。身体が近づいた時、ふわっと石鹸の匂いが漂ってくる。
俺の部屋には置いてない石鹸の香りだ。
キスだけで生気が吸い取れるとはいえ、出会い系サイトで男を誘って、それだけで済むはずもない。
家賃と生活費だと渡してくる金の出どころだって、きっとそういうことなのだろう。
「なあ、由芽」
「なあに、健人?」
由芽は屈託のない様子で笑っているのが、俺の中のもやもやを掻き立てる。
「お前、こんなんでいいのかよ? ずっとかわいいままでいたいってのはわかるけどさ! でも、男に媚売って、身体売って、永遠のかわいいを手に入れてしたかったことがこんなことなのかよ!?」
俺はもやもやを強い口調と言葉にして由芽にぶつけてしまう。
「お前くらいかわいかったら、もっと普通に幸せになれたんじゃないのか?」
「かわいいから得られる普通の幸せって、かっこよくてお金持ちの男の人と結婚するとか、芸能人になってチヤホヤされるとか?」
由芽は俺の顔を見ながら、「何を言ってるんだ?」とばかりに怪訝な顔をしている。
俺はそんなにも変なことを言っただろうか?
「私の一番の望みは私がかわいいままでいることだよ? それが一番の望み」
由芽はいつもと同じことを言う。かわいいままでいたい。かわいいから手に入れられるものがあるってことじゃないのか。
「私にとって、かわいいは手段じゃない。かわいいは目的なの。その為に手段は選ばないよ」
妖しく紅く輝く瞳。こういう時、由芽は人間らしからぬ価値観を見せることが多い。
「考えてみてよ? こんなにかわいい美少女が成長して、やがてはおばさん、おばあさんになっちゃうなんてもったいないじゃん。こんなにかわいい子がちゃんとかわいいままで保管されるのは、私個人の幸せより大切なことだよ」
俺の「気になるあの人じゃないモノ」。
由芽は自分のかわいらしさの為に、誰よりも自分を犠牲にしている。
時間よ、止まれ。由芽はかわいいから。
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