第一章

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「そうね。もしかしたら私自身、身内の恥だと思っていたことも娘にはプレッシャーだったのかも。今日、あなたの話しを聞けて、あなたに話せてよかったんだわ。ぐっと肩の荷が降りた気がする。感情を行動に出せている間はまだいい方なのよ。仮面のような顔つきになっているような気配を、私達がもっと早くに気づいてあげてれば、娘もそこまで無理はしなかったのかと今、あなたの話しを聞いてて思ったの。あなたは理由なき余裕のなさだと思っていてるけれど、それは完全に心の悲鳴なのよ。今だから私もわかるわ。あなたも昔から『真面目なさっちゃん』だったからね、どこかで無理をしてるんだと思うの。だから何か一つでも自分の枷を取り払って、生活のリズムを変えるか、新しい何かを取り入れるか、違う目線を取り入れるといいらしいわ。私も娘と一緒に自分も変わってみようと思う。ありがとうね、さっちゃん」  お礼を言われるようなことは全くしていないのに、彼女の泣き顔は今までに見た中で一番晴れ晴れとした表情をしていた。そして、思い立ったら直ぐにでも娘に会いたくなったという彼女と別れて、冴子はしばしカルチャーセンターの入り口で迷いながら、意を決して自動ドアを開けた。  今日もカウンターに居た女の子が、少し緊張した顔になったのを見逃さなかった冴子は、にっこり笑って、心の底から、本音でこう言うことが出来た。 「この前は本当にごめんなさいね。何も悪くないあなたを怯えさせてしまうほど、私、よっぽど醜い姿を晒しちゃったのね、ごめんなさい。それでね、来期の習い事なんだけど」  完全に緊張から解き放たれてはいないだろうが、それでも相手もプロ根性でか、どうされますか、と笑顔を作って冴子に訊いてきた。冴子はその顔にもう一度、微笑みを深くして言った。 「いっそ思い切って今までやらなかったことをやろうと思うの。フラダンスとかバレエレッスンとか。来期で何かお薦めあるかしら?」 【Fin.】
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