第一章

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 いや、違う。なぜなら更年期障害とは閉経前後の症状を主に指して使われる言葉で、それはそれでとっくの前に体験済みのはずの冴子は、自分で自分の言葉を取り消した。  では最近の自分の気の短さは、一体どこから来ているのかと自分の生活を振り返ったところ、さして思い当たることはなかった。  自分の息子が国公立に受かるとは思っていなかったから、私立大学の入学金はきちんと保険で積み立てしていて、それで払えたのだからお金を心配してのことではない。自分も近所のクリーニング屋の受付のパートをしているし、夫の定年もまだ二年後、ギリギリだが全く余裕がないというわけではないはずだ。  ならなぜこんなに心がさもしくあるのだろうと考えてみればみるだけ、これと思い当たることがない分、余計に憂鬱になる冴子だった。 (こうやって人は皆、いわゆる『意地悪婆さん』になっていくのかしら)  自分だけはそんな単語とは無縁だと思っていた。  学生時代から結婚するまで就職していた先では、「真面目なさっちゃん」の愛称で通っていたくらい、石橋は叩いて渡るくらい慎重で、それでも頭は悪い方ではなかったので、学校の成績も会社への功績も悪くなった人生だったと思っている。     
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