≪プロローグ≫

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 あながちそれも大袈裟な話ではないだろう。  でもそれよりも彼には竹林の広がる先より、竹の伸びてゆく先の方に興味があった。  天に届くほど伸びた先の方で、さわさわ、さわさわと葉と葉が擦れて立てる音は、彼にとって母の子守唄の次に心地好いものだった。  ───さわさわ、さわさわ。  耳を澄ますだけで心の中を空っぽにできる、その瞬間が、上総にとっては必要なものであり、この上無く大切な時間だった。  ───さわさわ、さわさわ、さわさわ、かさ。  立てた膝頭に頬を預け、眠りに落ちかけていた上総の体がピクリと反応した。面を上げる。  最後の洗濯物を取り込もうとしていた早苗を、上総は鋭く呼び寄せた。早苗が訝しげにその場に立ち尽くす。彼は自ら早苗の元へ歩み寄ると、竹林の先を見据えた。  「彼」の姿が見えたのは、ちょうどその時だった。  ゆったりとした足取りで、前後左右にそそり立つ連竹を、物珍しげに見やりながら歩いてくる少年。歳の頃は上総と同じくらいか。  手ぶらの両手は後に組んで歩いているらしく、足だけで歩くその様は、ちょっとそこまで、の散歩をを楽しんでいるといった風情そのものだった。  だがどうして山間の方角から歩いてきたのか。邑竹村からやってきたのなら、東西逆から姿を現すはずである。  しかしそれにしてもおかしいことだらけだった。夕陽に押されるようにして歩く少年は、邑竹村でも見たことない顔だった。  人口二桁の過疎の村で、知らない顔などいるはずがない。では少年が現れ出でた方角は合っていて、彼は歩きで三時間以上は掛かるだろう隣村、火狩村からやってきたのだろうか。  しかしなんにせよ、正規の道を歩いてきていない以上、不審な人物としてみなしてよさそうだ。  早苗が上総の腕に身を寄せた。上総は妹を軽く抱き締めるようにして、右腕に力を込める。  それからしばらくして、少年がやっと二人に気づいたようで、数歩進んだ先で足を止めた。そしてにっこりと邪気のない、はかなげで、けれども純心そのもののような笑顔で、二人に向かって話し掛けてきた。
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