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「ここは『むらたけの村』ですか?」
その言葉に、上総の心に圧し掛かっていた彼への「不審な人物」という評価が、一気に「見知らぬ人物」へ抱くそれに変わった。なぜなら、彼はこの地を「邑竹村」と言わず、「邑竹の村」と区切って呼んだからだ。
「邑竹村」のことをわざわざ区切って「邑竹の村」と呼ぶ習慣は、この地に縁のある人間以外が使うものではなかったからだ。
早苗も不思議そうに上総の顔を下から覗き込んできたが、上総もよく判らないという意味を込めて、それに首を振って応えた。だが。
少年の続く言葉を以て、上総はそういうことかと確信をくれた。
「じゃあ、邑竹さんの家を知っているかな? 出来たら案内して欲しいんだけど」
笑顔の裏に横柄な感じがしなくなかったものの、少年の物言いに答えたのは早苗だった。
「うちに何の御用ですか?」
早苗の言葉に、今度は少年が驚いたように言葉を引っ込めた。押し黙り、二人を比べるようにして見る。
その不躾な眼差しに上総が睨み返そうとしたのと同時に、少年が安堵の嘆息をもらすと共に言った。
「じゃあ君達が、上総くんと早苗ちゃん?」
唐突に言い当てられて、そう簡単に頷けるほど警戒心を解いていなかった上総は、逆に問い返し情報を得ようとした。
「あんたこそ誰だよ」
先に当て付けられた不躾な眼差しの仕返しではないが、遠慮容赦なく冷たく放たれた上総の言葉だったが、少年はそんなことには一切意に介する風もなく、やおら一人で納得すると、笑顔を取り戻し言った。
「僕は諏訪英二。君達とははとこになるのかな? お母さんのお母さん───つまりは僕のお祖母さんと君達の君達のお祖父さんが兄妹で、三代前の邑竹の当主が僕と君達のひいお祖父さんって間柄になるんだろうね。邑竹龍一。確かそんな名前だったと思うけど。あ、それと僕、こう見えて、二十三歳なのでよろしく」
最後の自己紹介の文句には、少し早苗も息を飲んだようだった。彼はとても二十歳を過ぎているようには見えなかったから。
「そこまで言うからには、嘘偽りはなさそうだが」
上総は不必要な警戒を解いて英二に向き合い、改めて彼を観察し直した。
言われてみればなんとなく落ち着いた表情が、二十三歳という風貌に見受けられなくもなかった。身の丈は高くもなく低くもないと言ったところか。
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